大阪松竹座 七月歌舞伎・昼夜通し

kenboutei2010-07-23

大阪出張のついでに、観に行った。初めての松竹座。ロビーからエスカレーターを使い、2階の売店ロビーを通り、更にエスカレーターで昇り、3階のフロアがようやく1階の客席。明治座みたいな感じ。舞台、客席の広さは、新橋演舞場程か。傾斜があるので、演舞場よりは観やすい。平日のせいか、殆どおばさんばかり。男の客は、数える程度。
昼の部
1階花道寄りで観る。
『妹背山婦女庭訓〜三笠山御殿』孝太郎のお三輪に愛之助の鱶七。全体的なスケール感の小ささは否めない。
孝太郎のお三輪、花道での疑着の相の表情に深みが乏しいのもさることながら、そこに至るまでのお三輪の心理的葛藤が、今ひとつ表現しきれていない。お三輪が、「野崎村」のお光にしか見えないのは、見取狂言の一幕だけでは難しい面はあるにせよ、孝太郎のお三輪の中に、一貫した性根がなかったことにもよると思う。
愛之助の鱶七は、その眼光の鋭さが魅力的であった。特に眼の中の白目の光り具合が良い。ただ、いかんせん小粒で、鱶七としては物足りない。それを補うためか、長襦袢の下に肉を付け過ぎ、角力みたいだったのも、かえって逆効果であった。
正月の浅草での綱豊卿やその2年前の与三郎など、仁左衛門のミニチュアとしてのうまさは、今回の鱶七にも感じたけれど、それでは限界があることは自明だ。ミニチュアから脱皮し、愛之助自身の個性ある役作りを、そろそろ求められる時期ではないだろうか。
翫雀の豆腐買は、粗雑に過ぎる。
春猿の橘姫、段治郎の求女。春猿はさすがに綺麗。最初に顔を見せた時、観客からはジワに似たどよめきがあった。段治郎は久しぶりに観たが、何だかやつれた感じだった。(求女の役柄とは違う、外見上のやつれだ。)
『大原女・国入奴』翫雀三津五郎から教わったとのことだが、全然比較にならない。どたどたとして、踊りに見えない。
『元禄忠臣蔵〜御浜御殿綱豊卿』仁左衛門の綱豊卿、染五郎富森助右衛門。このコンビは、平成19年6月平成21年3月と観ているが、大阪で観たせいか、何だか新鮮な感じだった。
仁左衛門の綱豊卿が良いのは今更言うまでもないが、染五郎の助右衛門も、なかなか良かった。御座の間で、敷居を跨ぐ跨がないの攻防も、それだけに拘るような芝居ではなく、助右衛門が抱える、敵討ちへの思いが染五郎の内面に強くあったからこそ、面白く観ることができた。
勘解由は左團次。いつもの左團次調で、台詞がごつごつしており、上方風柔らかさのある仁左衛門の調子とは合わない。この二人のやりとりは面白くなかった。
孝太郎のお喜世、笑三郎の江島、竹三郎の浦尾。
 
夜の部
二階席の一番前で観る。一階はそうでもないが、二階、三階となると、空席が結構あった。
『双蝶々曲輪日記〜井筒屋・米屋・難波裏・引窓』いつもの「引窓」の前に、「井筒屋」「米屋」「難波裏」が出て、濡髪が殺人を犯してお尋ね者になる経緯が、後に南与兵衛の妻お早となる傾城都や放駒との関係を通じて、よくわかる構成となっている。文楽では一度通しを観ているが、歌舞伎では初めて。これだけでも遠征した甲斐がある。(出張で来ただけだが。)
しかし、結局は仁左衛門の与兵衛が登場する「引窓」が一番面白い。仁左衛門の与兵衛は、自分は初見だが、東京で観てきた他のどの与兵衛とも違う、独特のものであった。
一番の特徴は、優しさに満ち溢れていること。それは、仁左衛門その人を観ているようでもあるのだが、母親への深い愛が、実によく出ている。
南方十次兵衛となり、一旦外へ出てから、濡髪と母親のやりとりを聞き、家の陰から再び表れた時、仁左衛門は、両手で顔を覆い、涙を拭いながら出てくるのである。泣きながら出てくる十次兵衛は、自分の記憶では初めてであった。
また、その前の、母親に人相書きを売るところも、とても感動的であった。母親への情愛をリアルに見せながら、人相書きを客席に見せて、きっぱりと型になるところも、仁左衛門ならでは。(吉右衛門の時は、こんな型はなかったと思う。)
更にこの芝居を面白くさせていたのは、母親お幸役の竹三郎の存在である。上方の匂いたっぷりで、仁左衛門とのやりとりは、義太夫狂言、というか上方芝居の面白さを存分に堪能させるものであった。このコンビなら、吉右衛門・吉之丞でも敵わないだろう。
濡髪は染五郎。こういう線の太い役も、それなりに観られるようになっていた。
孝太郎のお早も(その前の都の時も含めて)まずまず。
「引窓」の前の場までの放駒に翫雀。与五郎に愛之助、吾妻は春猿
昼夜通して一番。このまま東京でも観てみたい。(実際は、「引窓」での仁左衛門、竹三郎が観られたら、他は何でも良いのだが。)
『弥栄芝居賑〜道頓堀芝居前』いわゆる「芝居前」だが、今回は、「関西・歌舞伎を愛する会 結成三十周年記念」と銘打ち、この会を立ち上げた澤村藤十郎が構成として名を連ねている。(筋書には仁左衛門藤十郎の対談も載っていた。)
さすがに藤十郎が舞台に上がることはなかったが、仁左衛門以下、今月出演の主だった役者が勢揃いし、各自挨拶。
仁左衛門が、「関西でも毎月歌舞伎が掛かるようにしたい」と言った後に、左團次が、現実的に「年6回」と挨拶。これを受け、仁左衛門が「東京の左團次はそう言うが、やっぱり関西でも毎月」と、反論する展開に。
最後は大阪式の手締め
孝太郎が、愛之助と一緒に団子売で出てきたが、いつの間にか引っ込み、何故か挨拶の時もいなかった。今月の舞台写真の入った筋書には、挨拶時も写っているので、今日は何か事情があったのかもしれない。
竜馬がゆく〜風雲篇』この幕を最後まで観ると、最終の新幹線にも間に合わないので、どうするか迷ったが、前回は最初の30分を見逃していたこともあり、また、荷物を抱えてダッシュで駅に向かうのも大儀だったので、もう一泊することに決め、落ち着いて観ることとした次第。(もう一晩、道頓堀の夜を楽しみたかったといのが本音だけれど。)
とはいえ、大河ドラマの影響を受け、新たに武市半平太が前半に出てきたりして、おそらく見逃した前半30分とは全く違うであろう演出となっていた。
染五郎の竜馬、本人としては手慣れた役になっているのだろうが、観ている方は、今はとにかく福山龍馬のイメージが強いので、正直言って、何だかしっくりとこなかった。タイムリーな時期に出す企画としての損得両面があったような気がする。
おりょうは、孝太郎。「芝居前」では途中で消えていたので、どうなるのだろうと思っていたが、ちゃんと出ていた。ちょっと気の強い性格の役は、割合似合っていると思った。
前回感心した松次郎が再び長州藩士の三吉役だったが、今回は印象が薄い。
西郷は、猿弥。イメージ通りにこなしていた。
・・・この幕観ないで道頓堀の夜、というのが正解だったかもしれない。