『雁』

kenboutei2010-01-12

神保町シアター高峰秀子特集。11日に『雁』を観る。昭和28年、豊田四郎監督。意外にも大映映画。原作は森鴎外。(「かり」ではなく「がん」と読むらしい。)
日本映画のお得意ジャンル(?)である、「お妾映画」。
いきなり、どアップで皺だらけの飯田蝶子が、父の飴細工を手伝っている高峰秀子に妾になることを勧めるところから始まる。相手は東野英治郎で、実は妻もいる高利貸しなのだが、飯田蝶子は、この話をまとめると自分の借金が相殺されるため、妻に死なれ、浜町で呉服屋をしている男と偽り、結局高峰秀子東野英治郎の妾となる。
妾になると、飴細工売りの父親にも別宅があてがわれ、高峰秀子は無縁坂に家を持ち、東野英治郎の来るのを待つ。東野英治郎が来ると、若いお手伝いは昼でも銭湯に行かされ、窓や戸はしっかりと閉じられる。ここが妾宅であることは周囲の住民は暗黙の了解済のようで、隣家の裁縫のお師匠さんである三宅邦子以外は、みな高峰秀子にヨソヨソしい。近所の魚屋の奥さんは、高利貸しの妾に売る魚はない、と啖呵をきる。(これは妾より高利貸しを嫌っているようだが。)
自分の旦那の事実を知った高峰秀子は、自立を試みるが、それを父親に相談しても、やっと極貧生活から抜け出し、楽隠居となった父親は、今の暮らしを失いたくなく、娘の決意に消極的態度をとり続ける。
舞台は明治時代という設定だが、当時の日本の「妾文化」がよくわかり、特に外国人には新鮮ではないだろうか。(現代の我々も、古い日本に対しては、外国人のようなものなので、同じく新鮮なのである。歌舞伎に驚くのと同じだ。)新鮮である一方で、そうした文化が、今の日本にもしっかり根付いているということも、この年齢になると、うすうすは気がついているのであるが。(東野英治郎が羨ましく思ってしまう気持ちも、正直あったりする・・・。)
『あらくれ』では、あれだけ妾になることを抗っていた高峰秀子が、ここではすっかり妾生活のドツボに嵌っているとは・・・。(もっとも、作られたのは『雁』の方が早いのだが。)
妾生活に息苦しさを感じていた高峰秀子は、近所の東大生、芥川比呂志に秘かに思いを寄せていく。しかし、所詮は適わぬ恋で、芥川はドイツへ留学してしまうのであった。
豊田監督の粘着質な画面作りが印象的。冒頭の飯田蝶子もそうだが、息づかいや匂いまで感じさせる、顔のアップのリアリティ。また、東野英治郎の本妻、浦辺粂子が夜中に寝ている時、口を開け、着物をはだけて、胸もさらけだしている様までも、生々しく撮っている。イヤらしさはまるでないが(むしろそのあまりの色気なさと生活臭さが、東野英治郎若い女を囲いたくなることへの婉曲的な説明となっている。)、昭和20年代で女性の乳首を見せる映画も、珍しかったのではないだろうか。
更に、芥川比呂志が妾宅に借りた傘を返しにきて東野英治郎に出くわし、東野が二人の関係を疑いだした時、高峰秀子がそれを取り繕おうとして、首筋にお白粉を塗るよう頼み、自分の胸をかなり露出させ、谷間がくっきりと顕れる場面が、かなり強烈であった。先日観た『稲妻』でも秘かに思っていたことだが、高峰秀子は結構巨乳だったんだな。(しかし、このシーンは、妾の旦那に靡く性が露骨で、あまり好きになれない。)
高利貸しの東野英治郎は、成り上がり独特の厭らしさが良く出ていた。また、動きも軽快で年の割に若々しい。
芥川比呂志の同窓に宇野重吉