『あらくれ』

kenboutei2009-01-21

神保町シアター成瀬巳喜男の『あらくれ』。原作は徳田秋声
高峰秀子演じる女性の自立を描く一代記だが、反面、「ダメ男列伝」とでも名付けたくなるような、ヘタレで情けない男達を描いた映画でもあった。
罐詰屋の主人で、自分の浮気は棚に上げながら高峰秀子の不貞を疑う上原謙、山奥の温泉宿の若旦那で、高峰秀子と愛することになったが、病気療養中だった妻が戻るとなると、優柔不断で何も解決できない気弱な森雅之高峰秀子洋服屋を営むが、生来怠け者で、店が軌道にのると調子にのって女を囲おうとする加東大介
他にも高峰秀子の兄で、博打で身を持ち崩す宮口精二、そりの合わない高峰秀子を何度も他所に追いやる父親役の東野英治郎、山奥の旅館の金主でスケベな志村喬加東大介の父親役で朝から酒を飲み悪態をつく高堂国典と、日本映画が誇る男優陣が、ことごとく欠陥だらけのキャラクターで、立派な男はただの一人もいないのである。ここまで徹底してダメ男だらけの映画も珍しい。
最後の方で、この後高峰秀子のパートナーになることを予想させる洋服屋の若者役の仲代達矢も、腹に何かを企んでいそうで、いずれトラブルを起こすことは間違いないだろう。
高峰秀子は、そんな男達に向かって、或いはそうした男達で成り立っている社会に対して、敢然と立ち向かうのである。
上原謙の腕を引っ掻き、森雅之の部屋で泥酔して暴れ回り、加東大介に向かってホースで水をかける。
そして高峰秀子は、こんなダメな男に縋ることでしか生きようとしない女に向かっても容赦しない。
かつては上原謙の、そして今は加東大介の寵愛を受けようと媚びへつらう三浦光子を殴り、馬乗りになり、蹴りとばす。
白山(!)の妾宅でのこの格闘シーンは、思わず快哉を叫びたくなるほどの暴れっぷりであり、雨の中、着物の裾を捲り上げて帰る高峰秀子の姿は、まさに歌舞伎での花道の引っ込みのように格好良かった。大向こうで声掛けしたくなる程の、「女っぷり」であった。
今日の神保町シアターは、これまでと違って、若い女性の比率が高かったのだが、その理由もわかるような気がした。
先日観た『グッドバイ』から8年後の作品(昭和32年)だったせいか、最初に登場してきた高峰秀子は、ちょっと老けた感じがしたのだが、暴れ回っているうちにだんだん生き生きとしてきて、気にならなくなった。
三浦光子がいかにも妾役にぴったりで、艶っぽい。お酌をする時の小指の形が、実にエロ。これまであまり意識してきた女優ではなかったが、容姿はどこか東ちづるに似ていると思った。
沢村いき雄、大村千吉、千石規子左卜全などなど、東宝の名バイプレーヤーが沢山登場するのも嬉しい。
沢村貞子加東大介姉弟共演シーンもある。
坂本武が、小津映画とは違ってシリアスな風貌で出ていた。
仲代達矢だけが、一人フランス映画的な雰囲気を醸し出しており、ちょっと異質であった。
東京の町中を歩く売り子や、大店の暖簾、山村の馬子、軍人姿のアコーディオン弾き(「♫おいっちに、おいっちに」)、大正琴の音色などなど、大正期の風俗が実によく描かれており、この映画の大きな魅力となっている。
フィルムの状態は今一つだった。