正月新橋演舞場 昼・夜

kenboutei2013-01-13

昼の部
『寿式三番叟』梅玉の三番叟、魁春の千歳、我當の翁に進之助の附千歳。
梅玉魁春兄弟中心の、いつもの朝一番の舞踊、といった程度で観ていたのだが、我當の翁を観ているうちに、何だかじーんとなってしまった。既に足腰の弱っている我當が、必死に所作舞台を踏みならし、神聖な『式三番』の翁を勤めている、その姿に感動。扇を顔の前に持っていき、再び顔を出した時の表情は、かつて映画で観た、父・先代仁左衛門の明治座での舞台姿を思い出させた。
『車引』三津五郎の梅王、七之助の桜丸、橋之助の松王、彌十郎の時平。
先月亡くなった勘三郎に近しい役者たちでの舞台だが、決して湿っぽいものではなく、引き締まった良い出来の『車引』であった。
やはり三津五郎の梅王が、荒事の規矩正しく、観ていて楽しくなる。橋之助の松王は、大笑いや台詞のところどころで実事っぽくなるのが難だが、横見得の立派さは、他の立役にはない魅力。
この梅王と松王の二人が大詰めで睨み合う形が、一幅の絵。小柄ながらも低い姿勢で反り返って松王に対峙する三津五郎と、大きな身体を活かして上から見下ろす橋之助。この対比が面白かった。
七之助の桜丸は、もっと子供っぽくなるのかと思っていたのだが、随分と落ち着きがあり、かつ折り目正しい。特に良かったのは、深編み笠を被りながら、梅王と対話している場面。自分の過ちで菅丞相を窮地に立たせてしまい切腹する覚悟だが、父・白太夫の賀の祝までは思いとどまらざるを得ない、複雑な心境を切々と語る。普段の『車引』では、あまりこの場面に注意は払ってこなかったのだが、今日は、七之助の台詞が実に良く心に沁み入った。
彌十郎の時平は、藍隈が良く似合っていた。由次郎が金棒引き。
巳之助が杉王丸だったが、上手からの登場時に滑って転び、観客から失笑が漏れる。せっかくの名題披露の舞台だったのだが。
『戻橋』幸四郎渡辺綱福助の鬼女。食後で眠くて、あまり感想が出てこない。途中、二人が観客席に降りてくる演出。自分以外にもウトウトしている客を、この時だけ起こす効果はあったかも。
福助の鬼女は、最後に舞台上で宙乗りとなる。
児太郎、国生の右源太、左源太。二人とも、しっかりしてきた。(特に児太郎は、かつての破壊的演技からは大分改善。)
『吃又』雀右衛門一周忌追善狂言芝雀のおとく、吉右衛門の又平。
この二人での『吃又』を観るのはこれで三度目だが、今日は雀右衛門の一周忌のせいなのか、芝雀の奮闘振りがとても印象的であった。
一番良かったのは、又平が名字の願い破れて死のうとした時、自分も一緒に死ぬと言って、又平の手にすがりついた場面。そしてこの時、その言葉を聴き、はっとしておとくの方を向いた吉右衛門の又平の表情も素晴らしかった。
この二人の関係は、例えば昨年の平成中村座での仁左衛門・勘三郎コンビのような、ある意味微笑ましいラブラブのカップル像とは異質の、極めて真面目で愚直な夫婦の形。この夫婦なら一緒に死ぬというのも自然に受け止められる。それだからこそ、最後の奇跡がまた感動的にもなる。(決してハッピーエンドに終わって良かったという、表面的な感動でもない。)
それから、これは特筆してもし足りないが、葵太夫、寿治郎の竹本が素晴らしい。この一幕は、ある意味竹本の一幕と言っても良い。吉右衛門はこの床に実によく乗って演技していて、吃りの表現が、葵太夫の語りとスムースに繋がる。こんなに心地良く「聴けた」義太夫狂言は、久しぶりであった。
歌六の将監、東蔵の北の方、歌昇の修理之助。友右衛門が雅楽之助。
 
夜の部
『逆櫓』幸四郎の松右衛門、福助のお筆、錦吾の権四郎、高麗蔵のおよし、梅玉の畠山。
『逆櫓』なのに、「やっしっし」の逆櫓の場面がなかった。ここを省略することもあるのか・・・。と、思ったら、前回の幸四郎の時も省略していた。全く忘れていたが、今日の舞台も同じ事になりそう。
錦吾の権四郎は奮闘だが、やはり荷が重い。幸四郎一座は無人で困る。
福助のお筆は初役だそうだが、まずまず。イメージとしては『寺子屋』の千代。しかし、前の場で女武道を演じた役には見えなかった。
高麗蔵のおよしは、堅実で良かった。
『七段目』夜の部の雀右衛門追善狂言芝雀のお軽、吉右衛門の平右衛門。團十郎が休演で幸四郎が由良之助を代役、図らずも兄弟競演。
吉右衛門の平右衛門を観るのは、たぶん初めて。年齢と体調のためか、二重の舞台から慎重に降りたりで、足軽の軽妙さはさすがに無理だが、妹思いの味わいはある。芝雀のお軽との相性も良いが、昼の部の『吃又』ほどではなかった。
芝雀のお軽、平右衛門とのやりとりは、あまり捨て台詞などの入れ事をしないで、丁寧な印象。
幸四郎の由良之助。九太夫に蛸魚を食べさせられるところが、既に憤怒の表情になっていて、本心がバレる。
家橘の九太夫は、意外に手強くて良い。
『釣女』三津五郎の醜女、又五郎の太郎冠者、橋之助の大名、七之助の上臈。
それぞれの役割が程良く、気持ち良く観れた。三津五郎は、過度に醜女ぶりを強調しないで、それでいてユーモラスなのが、とても上品。ゲラゲラ笑わせるのではなく、思わず笑いが漏れてくるような仕種、所作。
 
何だか久しぶりにたっぷり歌舞伎を観た感じ。