七月新橋演舞場夜の部 猿之助襲名2ヶ月目

kenboutei2012-07-16

猿之助、中車襲名の二ヶ月目。さすがに『ヤマトタケル』をまた観る気にはなれず、今月は夜の部だけ。
『将軍江戸を去る』中車が披露襲名狂言として、山岡鉄太郎を演じる。先月同様、台詞に力みがあるのは、まだ歌舞伎の舞台の台詞術や呼吸を身につけていないためだろう。比較的馴染み易い新歌舞伎においてこの状況なのだから、義太夫狂言に行き着くのは、まだまだ先のことだろう。やはりこの年齢から歌舞伎役者になることの大変さを、観客としても思い知った次第。
海老蔵の高橋伊勢守が、思った以上に安定していて良かった。この一幕では、一番の出来。
團十郎慶喜は、真山青果の台詞になっておらず、ただ陰気なだけの将軍。
『口上』襲名者(猿翁は不参加)と市川宗家團十郎海老蔵のみ。口上としては、この方がシンプルで古式、好感が持てた。

  • 團十郎:猿翁とは、『加賀鳶』、『勧進帳』、『大杯』などで共演。猿之助とはパリ公演で一緒。自分はカタカナのフランス語、観客には何とか通じていたようだが、話している本人は全くわかっていない状態。一方猿之助の方はペラペラ。オペラ座の怪人の話をして拍手喝采だった。中車、前幕の『将軍江戸を去る』で初めて一緒の舞台。これから何度も共演できることを願う。團子、娘のぼたんのところで踊りの勉強している。
  • 海老蔵:猿翁は、自分にとって憧れの存在。『四の切』、『伊達の十役』を教えてもらった。猿之助とはパリ公演、ロンドン公演でも一緒だった。ロンドンで『ライオンキング』を観に行こうと誘われた。自分はあまり行きたくなかったが、結局一緒に観に行った。猿之助は既に20回以上観てるというのに、初回のように喜んでいて、そっちの方に感心した。中車からは歌舞伎役者になりたい気持ちを聞いていた。(海老蔵は「中車にいさん」と言っていた) 團子、先月の口上をテレビで見ていたら、「猿翁以上の立派な役者になる」と言っていた。なんと胆の大きな役者か。
  • 猿之助・中車:ほぼ先月と同じ。猿之助は、今回の襲名について「何より成田屋の赦しあって」と持ち上げていた。
  • 團子:海老蔵にからかわれたせいか、猿翁じいさまのことには触れず。「あーげたてまつりまするー」の抑揚は先月と同じ。(すっかり口上口調が板についていた。)

『黒塚』猿之助の襲名狂言。初役とはいえ、家の芸として、既に手に入った感がある。しかし、初代猿翁が取り入れたというバレエの要素はあまり感じられず、猿之助がこれまで踊ってきた他の舞踊と大差ないような印象を受けたのは、この『黒塚』の演出が古くなったのか、それとも踊り手自身の問題か、或いは観ている側の態度が悪いのか。
以前、右近が踊った時も感じたことだが、新橋演舞場は、照明が直接的で影が残るのと、奥行きが狭いことで、歌舞伎座に比べて、舞台効果が良くない。『黒塚』の芒原はもっと奥行がほしいし、三日月の照明も、もっと柔らかで茫洋とした光の反射でなければ、雰囲気が出ない。
新しい歌舞伎座で、改めて観たいものだ。
『楼門五三桐』猿翁が、実際の芝居の舞台で復帰するというのが話題の一幕。その演目が『楼門』とのことで、てっきり五右衛門かと思ったら、久吉だったので驚いた。台詞と動きを考慮すると、確かに久吉の方が身体の負担が小さい。五右衛門には海老蔵が付き合うというのも、面白い組み合わせであった。
猿翁は、揺れながらセリ上がり(これはセリの振動によるものだが)、「石川や」の台詞を言う。言語は覚束なく、早口で思い通りの台詞廻しにはならないものの、台詞の中味自体は、はっきりと聞き取ることができる。
万来の拍手。先月の口上もジーンときたが、やはり台詞のある芝居での復帰は、より感動が深い。猿翁本人もそうであろう。現状からは、本格的な芝居はまだ難しいだろうが、しかし、猛優・市川猿翁(どうしても猿之助と言ってしまいたくなるが)の舞台復帰という事実は、今日ここに厳然と示されたのであり、それを胸に刻んでおきたい。
カーテンコールとなり、五右衛門役の海老蔵が下手から再登場し、舞台中央に残っていた猿翁とがっちり握手。猿翁にずっと寄り添っていた後見が顔を見せ、息子の中車として、観客に紹介される。
ただの一言も言葉が発せられない一連の儀式に、観客の歓声と拍手の音は鳴り止まなかった。
ニュースで既知のこととはいえ、その現場に立ち会えた感動の余韻は、今も残っている。