一月新橋演舞場夜の部 海老蔵の『伊達の十役』

kenboutei2010-01-24

新橋演舞場の夜の部は、海老蔵『伊達の十役』
『四の切』に続き、猿之助の得意演目に挑戦。しかも今回は、「猿之助十八番の内」と角書きがつく。歌舞伎十八番の本家成田屋が、弟子筋の家の芸に挑戦するのも、ある意味画期的なことだと思う。まあ、海老蔵にとっては、それがどうした、という程度のことかもしれないけれど。
『伊達の十役』(マックのアホの「ことえり」は、何度入力しても『伊達の重役』と変換される。伊達取締役の芝居?)は、おそらく初めて観る。
筋書によると、初演は七代目團十郎だったそうで、それを猿之助が復活したとのこと。(従って、今の海老蔵が演じるのも、あながち突拍子もないことではなかったのである。)
最後まで、全く飽きることなく楽しめた。
思えば、猿之助(と奈河彰輔)は、実に見事な仕事を残したものだ。通しで上演すると長くてくたびれる『伽羅先代萩』(他の歌舞伎でも同じだが)を、早替わりの趣向と、有名な場はダイジェスト的にまとめることで、誰にでもわかりやすく楽しく見せるというコンセプトは、言うは易しだが、案外難しいものだと思う。ともすると、中身の薄いドタバタになったり、ただ筋を通すだけでスカスカな芝居になりそうなものを、しっかりと歌舞伎的要素は押さえつつ、メリハリをつけながら話を進める構成力が素晴らしい。猿之助のこの業績がなければ、今月の国立劇場の芝居も生まれることはなかったと思う。
そして、今日の海老蔵は、その猿之助の仕事を、しっかり受け継ぐ、奮闘公演であった。
冒頭の口上での、パネルによる説明。これは「先代萩」の世界を知らない人への親切なサービスだけではなく、それ以上の意味がある。つまり、ここで一人だけ舞台に登場し早替わり十役の説明をする海老蔵と、それを聞く観客との距離が、ぐっと縮まったのである。浅草歌舞伎でのお年玉挨拶と同様だが、これは結構効果的である。海老蔵は、「外題のごとく顔を真っ赤にし、大汗かいて頑張るので、いつもより十倍応援してくれ」と、観客に向かってお願いし、観客も、これから始まる海老蔵の芝居(早替わり)に、積極的に関わろうという気持ちが増す。この時点で、芝居の成功は半分達成されたようなものだ。これも猿之助のアイデアだろうが、なかなかうまい事を考えつくものである。また、それをうまくこなした海老蔵の勝利でもあろう。
さて、海老蔵の早替わりは、どれも破綻がなく、観ていて気持ちの良いものであった。
ただ、十役の中では、やはり出来にバラツキがある。
良かったと思うのは、土手の道哲、仁木弾正、細川勝元、そして政岡。
道哲は、最初の出の時が一番良かった。早替わりがあるので顔は白塗りなのだが、照明の当て方を工夫しているのか、砥の粉顔に見え、凄みと嫌らしさが同居した、錦絵にありそうな道哲になっていた。ただし、台詞廻しはぞんざい。
仁木は、既に一度手がけているし、その迫力には凄いものがある。花道七三での眼光の異様さは、海老蔵ならでは。宙乗りでの引っ込みは、雰囲気があって良かった。(今回の仁木は、五代目幸四郎ゆかりのホクロがなかったような気がする。)
勝元は、花道からの「待とうぞ、待とうぞ」が何だか変だったが、捌き役としては、まずまず。さすがに「対決」は、仁木と勝元二役同時にはできないので、前後に分けての演出。
政岡。どうなるものかと思っていたのだが、まずは無難にこなしていたようだ。飯炊きは省略なので、眼目はクドキだけ。海老蔵の政岡は、動きに堅さはあるが、子を思う親の気持ちは伝わってきた。それにしても、成田屋の政岡というのは、ちゃんと調べていないけど、もしかしたら九代目以来ではないだろうか。
一方、あまり良くなかったのは、頼兼、与右衛門。ともに台詞廻しが上っ調子でなげやり口調。特に与右衛門は、会話の応酬で、返事のイントネーションがおかしい時があり、場内から笑いが起こる場面も。
男之助は、白塗りの隈取りが珍しい。「合点だ」の言い方が、他の役者の男之助とは全く異なる。
満祐、高尾太夫、累は、さしたることもなし。
大喜利の「かさね道成寺」は、これも初めて観るものだが、大変面白かった。隈取りの早替わりは見事なものだが、あれは藍隈の顔を見せていた亡霊が、海老蔵ではなく、替え玉だったのだろうな。鐘に巻き付く、巨大な白蛇が素敵。
他の場では、「宝蔵寺土橋堤」のだんまりも結構であった。
澤瀉屋軍団も、チームワーク良く、海老蔵を支えている。中では笑三郎の栄御前、笑也の京潟姫、寿猿の山名が印象に残る。
右近は、八汐は芝居が粘り過ぎだったものの、猿弥休演による代役、大江鬼貫の方は良かった。八汐では、千松を刺した後に、鏡を使って政岡の表情を盗み見るという、珍しい型であった。
他に市蔵の外記、獅童の民部。

午後4時開演で午後9時25分終了。休憩除いて4時間15分。それでも長いとは思えない程、充実した夜の部であった。(昼の部は実質3時間だったのに、同一料金。こんなに差があって良いものだろうか・・・)