7月歌舞伎座・夜の部

kenboutei2009-07-05

『夏祭浪花鑑』海老蔵獅童勘太郎といった面々での『夏祭』。花形歌舞伎公演といった感じ。
海老蔵の団七は、こんぴら歌舞伎で良かったという話を聞いていて、半信半疑の部分もあったのだが、確かに、なかなか良い団七で、好感が持てた。
海老蔵の持つ若さや荒々しさ、危なっかしさが役のリアリティと重なり、等身大の人間像となって迫ってきた。喧嘩っ早く、下手をすると勢いで人を殺してしまいかねない若者、それが団七であると同時に海老蔵その人でもある。海老蔵のニンからいっても、悪いわけがない。
それは、一寸徳兵衛の獅童にも言えることで、だからこの二人の鍔迫り合いのある、「鳥居前」が特に面白かった。床机に座って対峙するところや、制札を振りかざすところなど、若者の喧嘩に見られるような、意地の張り合いや、「ケンカの気」が漲っていていた。また、そうした場面での二人の顔の造形が、とてもわかりやすい絵になっていて、何だか国貞が描く、七代目團十郎や三代目菊五郎の錦絵を観ている気分になった。そういう昔の役者絵を思い出させたところにこそ、海老蔵獅童のこの場の良さを感じるのであった。
唯一、この場の海老蔵で不満なのは、最初の上手からの出で、腰を必要以上に曲げて、逆「く」の字で出てくるところ。髯面でむさ苦しさを強調し、後で床屋から出た時の颯爽とした風貌との対比を鮮やかにするための演出ではあるが、風貌はともかく、性根はその後の団七と変わるものではないので、あそこまで卑屈な格好をする必要はないと思う。
「泥場」での海老蔵も、荒っぽさや殺気が充満している。市蔵の義平次の扇子を手で払う時は、勢い余って市蔵の手から扇子を飛ばしてしまうし、誤って斬った後に義平次の口を塞ぐ時も、力一杯に市蔵の口を覆っているように見えるので、市蔵が窒息死してしまうのではないかと、心配する程であった。しかし、こういう溢れ出てくる力を自分でコントロールできない若さともどかしさが、海老蔵であり、団七なのである。
勘太郎のお辰は、まだ少し硬さがある。悪いとは思わないが、感心するほどでもない。
猿弥が釣船三婦。無難に演じてしまうマルチさに驚くが、あまりに便利に使われ過ぎではないだろうか。(それが、彼の役の修行にとって良いことなのかと、つい思ってしまう。)
笑三郎のお梶は、うまい。
春猿琴浦、笑也の磯之丞。この二人はよく似合っていた。
右之助の三婦女房が、本格。
市蔵の義平次は、コクーン笹野高史の影響が少しあるような気もしたが、まずまず。
天守物語』昼の部の『海神別荘』同様、三年前の再演。自分が観るのもこれで三度目だが、完成度は今回が一番高い。
特に、富姫と図書之助の関係が、今までで一番わかりやすかった。観ているこちらも、泉鏡花の戯曲に慣れてきたのかもしれないが、海老蔵の台詞も玉三郎の台詞も、気持ち良く自分の中に入ってきた。海老蔵は、コスプレなら『海神別荘』の公子だが、ニンでいくと、この前髪の図書之助である。それは玉三郎も同様。(ただ、泉鏡花の世界の面白さは、『海神』も『天守』も甲乙つけがたい。)
今回もスクリーンを使った舞台だったが、前回の青や赤の光から、富姫は紫色の雲、亀姫一行は、駕篭に進化(?)していた。
我當が桃六。今月この役だけというのは、もったいなさ過ぎる(『夏祭』で三婦でも付き合ってほしいところだが、体調面から無理か。)が、最後を締めて良かった。声はエコーで録音(だと思う)。
勘太郎の亀姫は、今ひとつ似合っていなかった。それは役そのものに対してだけでなく、玉三郎との相性という点でも似合っていなかったと思う。
吉弥の薄は前回はちょっと老けかかっていたが、今回はそんなことはなかった。
獅童の朱の盤坊。
昼の部と同様、終わっても明るくならず、自動的にカーテンコール。最初は獅子頭のみ。次に玉・海老。最後に我當が加わってようやく幕。