『旅役者』

kenboutei2009-02-28

ちょっとご無沙汰だった、神保町シアター
今は、「東宝芸映画の世界」という特集で、今日は成瀬巳喜男の『旅役者』を観る。
タイトル通り、旅芝居の一座を描く、芸道もの。
ユニークな脇役のイメージが強い、藤原釜足(この映画では、藤原鶏太)が主役。といっても、役柄は一座の脇役、それも馬の足専門。
田舎に東京からの歌舞伎芝居、それも「六代目菊五郎」がやってくるということが、村人の話題となっている。
しかし、貼り出されるポスターは、「六代目中村菊五郎」。昔の旅芝居にはよくあった手口である。
小屋に掲げられる幟は、「六代目中村菊五郎」と、中村だけ小さくしている、念の入りよう。まあ、それだけ当時の六代目の名声は、広く日本中に行き渡っていたことの証左でもある。
そんな一座の演し物は「塩原多助」で、藤原釜足は、その芝居で登場する馬の前足に入る脇役・市川俵六である。馬の足とはいえ、その修行には「後ろ足5年、前足10年」の修行が必要で、自分は團十郎系の馬の芝居をしているのだと、酒が入ると自慢する、ベテランの役者なのであった。
ある旅先で、「六代目菊五郎」が来るというので、勧進元となった床屋の主人が、実際に来た役者を見て騙されたと腹を立て、酔った勢いで、ハリボテの馬の頭をつぶしてしまう。地元の提灯作りの職人に頼んで直してもらったが、それは馬というより狐のようになっており、誇り高き俵六はこんな馬では芝居ができないと、座頭(もちろん、中村菊五郎だ)が頼んでも、出演拒否。
すると劇場では、サーカスで使っていた本物の馬を出すこととし、これが観客に大受けとなり、とうとう俵六は、役を失っただけでなく、その馬の世話係を命じらてしまう。
朝からやけ酒を飲む俵六は、相方の後ろ足と一緒に狐頭の馬に入り、自分達から役を奪った馬小屋を襲い、逃げる馬をどこまでも追いかけて行くのであった・・・。
藤原釜足が、一世一代ともいえる、名演。戦後の黒澤映画においてよく語られる役者だが、彼の代表作とするなら、むしろこっちだろう。(同じく戦前の『鶴八鶴次郎』も良かった。)
他の役者たちもとても魅力的。この映画は、題材が題材だけに、脇役に光を当てているのが嬉しい。
藤原釜足の相方で、後ろ足が持ち役なのが、柳谷寛。よくウルトラ・シリーズに出ていた俳優(ウルトラQの「あけてくれ!」など)だが、「兄貴ぃ〜」と慕う、とぼけた感じがとても良い。
六代目(中村)菊五郎役の、高勢実乗も見事。独特の風貌で、東京では端役しかつかないであろう役者が、座頭として振る舞う、その感じがよく出ていた。
勧進元の床屋役の中村是好もなかなかの活躍。自身が馬顔で、ハリボテの馬の頭を壊していたのが、面白かった。
原作は、宇井無愁(ウィ・ムシュー?)の『きつね馬』(そのまんまだ)。旅芝居の日常や、本馬を使い舞台で粗相をして大騒ぎになったという実際のエピソードなどを、巧みに織り交ぜている。
俵六らが歩いていると、馬の出征に出会い、他人事ではないなと呟いたり、小屋の舞台袖に「国債を買おう」という垂れ幕が下がっているなど、戦争の足音が地方にも忍び寄って来ているのがわかる一方で、山間の川で釣りや水浴びをし、アイス売りの鐘の音に集まる子供達などの風景は、まだのどかな、真珠湾攻撃前の1940年の作品。
観終わった後、にっこりと笑いながら劇場を後にできる、成瀬監督の映画では、かなり好きな一本だ。