二月歌舞伎座・昼の部

kenboutei2009-02-14

『加茂堤・賀の祝』『菅原伝授手習鑑』の見取りとして、『加茂堤』と『賀の祝』の組み合わせというのは、珍しい。少なくとも自分は初めてのことだと思う。いわば「桜丸編」といったところだが、どうにも役者と時間の配分における妥協の産物の匂いが強い。
橋之助の桜丸、染五郎の松王、松緑の梅王、福助の八重、芝雀の千代、扇雀の春。白太夫左團次
女房役の方は、平成17年の時と同じ。夫の方が、各自歌舞伎座では初役だろう。
全体に、何となくまとまりにかけ、芝居の芯のようなものがなかった。これは、出演者に座頭的役者がおらず(一番の年長は左團次だが、彼が芝居を統率しているようには思えない。)、みな自分の役のことしか考えずに演じているからなのではないだろうか。橋之助福助が教わったであろう芝翫も、舞台監督的なことまではしていないだろう。(していたのなら、こんな舞台になるはずがない・・・と、思いたい。)
例えば、『加茂堤』では、桜丸と八重の接吻シーンが必要以上に強調されているし、『賀の祝』の桜丸の出のところの暖簾の扱いにしても、何の工夫もない。(そもそも、あの暖簾の色と模様は何なのだ)
いくら「さよなら歌舞伎座」だからといって、口伝や型などの芸の伝承までも「さよなら」する必要はないのだが。
『京鹿子娘二人道成寺玉三郎菊之助の『二人道成寺』は、もはや松竹のキラー・コンテンツ。平成16年の初演以来、今回で早くも4回目。(歌舞伎座だけでも3回目。)シネマ歌舞伎にも採用されている。
その素晴らしさを否定するものではないが、あまりにも人気があるため、今度は、玉三郎菊之助の、単独の『道成寺』が見られなくなってしまったのもまた事実。
玉三郎歌舞伎座で最後に一人で道成寺を踊ったのは、平成15年。菊之助は、まだ歌舞伎座では経験がなく、自分が観たのも平成11年の浅草歌舞伎だけである。特に菊之助にとっては、この『二人道成寺』のために、『道成寺』を一人で踊る機会を奪われていると言っても過言ではない。
そりゃあ菊之助にとって、玉三郎と一緒に踊ることは、何よりの勉強になるだろうし、二人の美しい女形が一緒に踊る『二人道成寺』はいわば一粒で二度おいしいので、得した気分にもなる演目ではあるが、やはり菊之助贔屓としては、一日も早く歌舞伎座で、正真正銘の『京鹿子娘道成寺』を踊ってほしい。
だから、『二人道成寺』のキラー・コンテンツ化は、自分にとっては痛し痒しなのである。(もちろん、玉三郎一人での道成寺も、また観たい。要するに、『二人道成寺』は、ちょっと食傷気味ということです。)
それはともかく、今日の舞台。花道から登場し、七三で一人踊る菊之助の、楚々としていながらも、華麗な動きが、自分の中の歌右衛門のイメージと重なる。実は、昨年10月の『直侍』でも、菊之助歌右衛門に似ているなあと思ったのだが、今日はさらに強くそれを感じた。(あくまで自分の歌右衛門のイメージは、ビデオのものでしかないのだが。)
菊之助に見とれていると、スッポンから玉三郎が浮かび上がってくる。菊之助の踊りに堪能していたので、一瞬「邪魔だ!」と思ってしまったのだが、やはり両者並ぶと、改めてその豪華な美しさに酔いしれてしまった。
全体的には、前回観た時より、さらに洗練されており、以前は、この二人の花子の意味などを、色々と考えさせられたのだが、今日は、そんなことさえ忘れさせる程、無心に踊っている、二人の花子、いや、「二人で一人」の花子がいた。ある意味、玉三郎菊之助のコンビネーションが、完成に至ったということかもしれない。
余計な部分(乱拍子での能掛かりな演出など)を削ぎ落とし、舞いだけに集中したことも、成功の一因で、これまではどちらかというと玉三郎ワールドが全面に出ていた独特の舞踊が、「道成寺もの」の新作として、今後、他の役者へも伝播していける作品になったと思う。
そして、その洗練の中で、二人の踊りの違いもより鮮明になった。玉三郎の踊りは、内へ内へと絞り込むような、濃密な身体の動きをし、菊之助は、楷書に近い踊りで、まだ面白味には欠ける。乱拍子などで二人が正面を向いた時の姿勢でも、玉三郎の身体は腰を絞ったような、魅力的な形になる一方、菊之助は、ただ正面を向いているだけに見える。この辺の味わいは、菊之助にはまだまだこれからであろう。
幕開き前の休憩時、東の桟敷の通路付近で、客が倒れたらしく、救急隊員が来て搬送されて行った。そのせいで、開幕が5分程、遅れた。
『人情噺文七元結菊五郎劇団の『文七』。勘三郎組とはまた違う味わい。
團蔵の藤助がとても良かった。菊五郎の長兵衛に羽織を貸す時の、「怒っちゃいけませんぜ」という台詞を、ごく自然に言える役者は、最近ではそういない。
菊之助の文七は、安定。自殺しようとする時の、「いーんでございますよ」などの台詞に、わざとらしさがなくなった。
芝翫角海老女房は低調。長兵衛女房に時蔵
右近のお久。白塗りになると、やはり識別しにくい。
終幕に吉右衛門三津五郎が登場し、ようやく「さよなら歌舞伎座」的豪華さを、少し感じ取れた。