9月秀山祭 歌舞伎座 昼夜

kenboutei2008-09-15

昼夜通しで観る。どちらも吉右衛門充実の、秀山祭。
昼の部
竜馬がゆく 風雲篇』30分程遅れて入る。舞台は、ちょうど染五郎が花道から登場するところであった。昨年の「立志篇」に引き続き、今回は、池田屋事件から寺田屋事件までを描く。
亀治郎おりょう。今月は新橋と掛け持ち。お初、かさねに、このおりょうと、三種の女性を演じ分けるのも、亀治郎らしい。このおりょうは、ほとんど現代劇調。ちょっと肩の力を抜き過ぎている感じもするし、その一方で、子供が口の周りに食べ残したご飯粒を、つまんで自分の口に入れたりする仕種は、逆にやり過ぎのように感じた。それでも全体的に破綻がないのも、やはり亀治郎らしい。
染五郎の竜馬は、爽やか。
錦之助の西郷は、どうみてもミスキャストだが、本人の努力は伺える。
松緑の中岡は、途中からだったのであまり観ていないのだが、メイクが不細工。ちょっと太ったのか、顔が一層真ん丸になっていた。
寺田屋二階の場からの、松次郎の三吉が印象に残った。
『逆櫓』吉右衛門の樋口。立派の一言。筋書きの解説にもみどころとされている、松右衛門としての仕方噺や、二度目の出の「権四郎、頭が高い」の台詞などが、どれもパーフェクトな出来で、感服。過去、幸四郎團十郎の樋口も観ているが、全く比較にならない程、突出したうまさである。8年前の吉右衛門自身の樋口に比べても、一段とその大きさと深みが増している。
遠見の子役を使わず、吉右衛門と、船頭三人(歌昇錦之助染五郎)が絡むのも、とても贅沢な感じで良かった。
権四郎の歌六は、やや釣船三婦が入っていて手強すぎる部分があったが、そのぶん、樋口に死んだ槌松の供養を許された時、「そうしたかったんだ」と嘆くところは、思わずぐっときた。
芝雀のお筆は、期待していたよりは平凡。
富十郎の畠山、東蔵のおよし。(そういえば、東蔵は、昨日の大相撲初日のテレビ中継に、しっかり映っていたが、この役の後、両国に駆け付けていたということか。今日もこれから行くのかな。)
『日本振袖始』玉三郎の岩長姫。自分にとってこの演目は、平成7年の国立劇場芝翫の岩長姫、菊之助(当時丑之助)の稲田姫が強烈に印象に残っており、特に丑之助の可憐さを初めて意識できた記念すべき舞台だった。その後、平成10年に玉三郎歌舞伎座でかけた時は、演出も違っていたので、ちょっと違和感があった記憶がある。
今回の玉三郎再演は、更に演出に手を加えたそうだが、前よりも面白くなっていた。
花道スッポンからセリ上がる、玉三郎の岩長姫の、妖気漂う姿が、非常に良かった。大きめの吹輪に、やや乱れた長髪が美しかった。
福助稲田姫も美しさでは引けを取らないが、ほとんど岩場で臥せっているので、印象は薄くなった。
芝翫に食べられそうになる丑之助は、相手が相手だけに、「これは救ってやらねば」という気にもなったのだが、玉三郎福助の場合は、そういう気持ちにはならない。この二人だと、もっと淫靡な雰囲気が漂うかとも思ったのだが、実際は淡白な、二人の関係であった。
 
夜の部
『盛綱陣屋』吉右衛門の盛綱。昼の部の樋口も良かったのだが、夜の部の盛綱は、更に充実。これも、これまで観た盛綱の中で、一番の出来であった。
「盛綱陣屋」という芝居は、あまり面白いと思ったことがないのだが、今日は最初から最後まで、目の離せない一幕となった。吉右衛門の充実ももちろんだが、芝翫の微妙、左團次の和田兵衛、福助の篝火、玉三郎の早瀬と、役者が揃い、しかも皆、しっかりした楷書の芝居をしていたことが、大きい。非常に締まった、良い舞台。
更に、小四郎を演じた宜生が、案外うまかった。子役独特の台詞も、ただ暗記しているのではなく、ある程度その意味を理解して喋っているようなので、演技に真実味がある。微妙役の芝翫が、本当の孫とやりとりしているのも、また切実さを増している。
後半に出て来る、小三郎役の玉太郎も、宜生に対抗してか、なかなか頑張っていた。顔にとぼけた愛嬌があるのが良い。
そうした、周囲の役者の充実振りの上に、吉右衛門の盛綱は、堂々とした風格で、場を圧するのである。台詞廻し、糸に乗った身体の動き、誠に申し分なく、観ていて本当に気持ちが良かった。
歌昇の藤太の、道化の注進も面白かった。
義太夫狂言のお手本として、記憶だけでなく、記録の方でも残すべき舞台であったと思う。
『鳥羽絵』富十郎と鷹之助親子の舞踊。富十郎は、相変わらず元気。腕の上げ方、足の開き方など、きちんとしているのが立派。顔の作りも面白かった。鷹之助は、丸々と太っていて、鼠と言うよりも・・・(以下略)。
『河内山』吉右衛門の河内山。何度も書くが、吉右衛門のこの充実。今日はどんどんエスカレートしている。
河内山は手に入った役。余裕すら感じられた。
もう、凄い、の一言で良いだろう。
由次郎が、北村大膳で大奮闘。重用してくれる播磨屋がうれしい。

・・・秀山祭なので当たり前かもしれないが、吉右衛門の今月の活躍は、想像以上のものであった。単に大きな役をたくさんやるということだけではなく、その大役を全て最高水準でこなし、さらに、自分一人だけではなく、座頭として、その舞台の完成度も高いものに仕上げている点で、平成20年9月の歌舞伎座は、平成歌舞伎の一つの頂点に到達したと、言ってしまいたいくらいのものであった。と同時に、吉右衛門が今の歌舞伎役者の中で、ナンバーワンであることを証明した舞台であると、これは断言しても良いと思った。(昔の役者評判記なら、「惣藝頭」だ。)