『トラ・トラ・トラ!』

kenboutei2008-01-14

この前読んだ、『黒澤明 封印された十年』に誘発され、黒澤が途中で日本側の監督を解任された、『トラ・トラ・トラ!』をアマゾンで注文、今日ようやく観る。
真珠湾攻撃を日米双方の立場からドキュメント風に描いた大作。かつてテレビ放映の時に観ていたような気もしていたのだが、おそらく初見。あまりにも有名過ぎて、観た気になっていたのだろう。
そういう意味では、とても新鮮で面白かった。
終戦からほぼ四半世紀後に製作された作品だが、ハリウッド映画にもかかわらず、勝利国であるアメリカが全くいいところなく攻撃されっぱなしで終わる映画を、ほぼ事実に基づいて(つまり当時、いや今でも根強い、日本の卑劣な奇襲攻撃というイメージを否定する内容で)描いているのには、敬服する。と同時に、戦争で対峙していた国同士の合作として、(多くのトラブルはあったようだが)極めて客観的良心的に作り上げられていることも。(同じようなことが、日中間で、或いはアメリカとイラク間でできるだろうか。)
その製作からもさらに40年近く経っているが、全く古びておらず、後半の戦闘シーンなどは、今の最新設備が整った劇場の大スクリーンで改めて観たくなる程の迫力である。特に、数多の零戦真珠湾での軽やかな舞いは、現代のどんなCG技術をもってしても、再現できないだろう。
自分は観ていないが、マイケル・ベイの『パ−ル・ハーバー』公開時、この『トラ・トラ・トラ!』が再評価されたというのも、非常によくわかる気がする。
映画の前半は、あまりにも日米双方の行動事実を厳密に描こうとしているため、平坦でドラマ性に乏しく、おそらく今のハリウッド・コードでは絶対に受け入れられない話の進め方であろうが、それが逆に、ストレートな戦争映画として清々しい。
真珠湾攻撃当日、朝日を浴びて戦艦から続々と飛び立つ零戦の勇姿は圧巻。我々日本人をこれほど高揚させる場面も珍しいが、これをアメリカ人が撮っているというのも、何だか不思議な気分である。
おそらくは真珠湾攻撃を理解するのに最適なテキストであり、また、この映画の作られた背景などを含めて、大学などで映画講座などがあれば、この一本で一年は持つだろう。
出演者の中で個人的に一番印象に残ったのは、野村駐米大使役の島田正吾。最初に出てきた時は、英語で話す場面が吹き替えだったせいか、本人とは気がつかなかったのだが、日本の開戦を米国側に伝える(しかも翻訳に手間取り遅れる)大事な役割を、実に重厚に演じた。遅れた開戦告知の結果、ハル国務長官に「帰れ」と言われた後、苦渋に満ちた表情を浮かべ、少し仰け反った感じでゆったり立ち去る姿が、いかにも島田正吾であった。
他には、千田是也が近衛首相で、初めて名前と顔が一致した。
日本公開版では、渥美清松山英太郎が出演していたそうだが、DVDは、アメリカ版のためカットされていた。
特典で、リチャード・フライシャー監督による音声解説があり、黒澤明に関するコメントなどがあって興味深い。
映画のラストで、作戦が成功し喜ぶ戦艦内から抜け出した山村聰演じる山本五十六が、甲板に一人歩む姿を遠景で映し出す場面があるのだが、この絵が、自分の中では黒澤の『乱』のラストの鶴丸を思い出させ、この映画が、降板したとはいえ、ベースとなった脚本を残した黒澤明の世界観に基づいていたものであることを、確信させたのであった。(『乱』との共通性も、いろいろあると思った。)