12月歌舞伎座・夜の部

kenboutei2006-12-05

一年振りの、仕事の延長での観劇。昨年で終わりと思っていたのだが。
『神霊矢口渡』仕事の疲れで前半はうとうと。そうした中で耳に入る竹本は何だか底が浅く、地芝居を観ているような気分になった。
後半の、菊之助富十郎の絡みも、特に田舎芝居じみるが、それは決して悪い意味ではない。海を背景にした舞台の二人は、セピア色の古ぼけた写真を観ているようでもあった。
菊之助のお舟は、台詞廻しに面白味はないが、きまりきまりの姿型は、充分魅力的。
富十郎の頓兵衛は、始終口を開けているのは良くないが、古怪な凄みは感じられた。最後の引っ込みは、もう二度とお目にかかれない貴重なもの。
松也のうてなは、傾城としては身体を持て余し気味。
『出刃打お玉』初めて観る芝居。食後にもかかわらず、一番飽きずに観ていられた。
菊五郎のお玉、最初に顔を出すところはややグロテスクだったが、年増の娼婦の雰囲気や、老婆になってからのユーモラスな動きは、この優ならでは。
梅玉正蔵は、童貞を失う初心な青年と、出世してマニアックな女遊びに耽る中年の様子の両方とも、実にニンであった。筋書では、「普段の自分に無いキャラクター」との本人コメントがあったが、自分のイメージとしては、過去に同じ役を演じた團十郎権十郎松緑よりも、ぴったり当て嵌まる。
しかし、今どき、女買いの話をノスタルジックに描いても、共感は得られないとは思うのだが。そういう意味では、ラストの正蔵へのお玉の仕打ちも、過激で共感できない。
田之助の坊主役はこれだけでは気の毒。
亀三郎もほんの端役だが、時蔵と絡んでいるのは非常に嬉しい。
松也の素人娘は、前の芝居よりも神妙で良かった。
『紅葉狩』海老蔵の更科姫。上手より出て来た時、思わず「でっけー」という化粧声を掛けたくなった。
これからの海外遠征を意識しているのかどうかは知らないが、女形の身振りにせよ、隈取り後の極端な顔の表情にせよ、どこか「歌舞伎」の特色を誇張しすぎた演出に思えてならなかった。何だか、昔の松之助のサイレント映画を観ているような、荒唐無稽な歌舞伎のケレンだけが舞台にあって、常磐津、竹本、長唄錚々たる掛け合い(これは水準が高かった)が、勿体ないと感じられもした。
海老蔵の妹、ぼたんが次女野菊。歌舞伎に女性を出すこと自体は別に否定するものではないが、他に出ている女形とのバランスにおいては、若干の違和感はあった。やはり踊り自体が、こじんまりとして、舞台映えがしない。別の公演などでは、多分全く違った印象を持ったはず。(顔は、芝のぶをもっと小さくした感じだった。)
右近の山神が、きびきびとした動きで爽やかであった。かつて演博で観た、あの日本最古の映画である明治の團菊の『紅葉狩』に登場した、六代目の山神の動きを思い出した。声変わりが苦しい。
全体に、あっさりとした、夜の演目であった。