『名刀美女丸』

宮本武蔵』終了後、間髪入れず『名刀美女丸』が始まった。
これは、溝口のシンポジウムの時、パネリストの一人が、おすすめの一本に挙げていた映画だったと思う。
山田五十鈴がチャーミング。花柳章太郎の刀鍛冶が、秘かに慕う山田五十鈴の縁談話が気になり、本人に問い質すが、山田五十鈴はただ黙って、近くにあった竹刀で花柳の頭を打つところなど、会場からも笑いが起こったほど、微笑ましく、素敵なシーンだった。
他にも、ラストの父親の仇討ちシーンを、これも『宮本武蔵』同様、溝口は見事なワンカットで撮っているのだが、山田五十鈴は実に軽快な立ち回りをみせ、新鮮な驚きがあった。
今回、溝口健二の戦前の映画を何本か立て続けに観て思ったのは、彼の映画は、主人公一人にスポットをあてるのではなく、様々な人物を分け隔てなく描いているということ。それはすなわちリアリズムを追求しているということなのだろうが、その反面、映画の途中まで誰が主人公なのかわからない、という戸惑いも起こさせることがあった。『虞美人草』然り、『愛怨峡』然り。この「名刀美女丸」も、主役は刀鍛冶の花柳章太郎だとわかっているはずなのに、その師匠である柳永二郎の倒幕行動にも視点を当てたりしている。そういう一種の「余計な視点」が、溝口映画の多様性に繋がっている一方で、時に中途半端な物語展開という受け止めにもなってしまうのだなと、思った。

名刀美女丸
名刀美女丸
posted with amazlet on 06.11.09
松竹 (2006/11/22)