ル テアトル 玉三郎のお三輪

kenboutei2012-01-02

昨年海老蔵の不祥事休演で急遽正月公演をした玉三郎が、今年も同じル テアトル銀座で初春特別公演。
演目が御殿のお三輪だったので、激戦覚悟でチケット予約に挑んだが、意外とあっさり入手。(しかし、席が前方過ぎて舞台全体を観るには不便であった。)平成24年初芝居。
『口上』
玉三郎一人で年賀の挨拶。

  • あけましておめでとう。
  • 去年は突然だったが(ここで笑い起こる)、おかげさまで好評、来年も是非、ということになった。
  • 急な話だったため稽古なしでできる演目として『阿古屋』を選んだ去年に比べ、今年は『妹背山』。皆さんには良いかもしれないが、本人は悲劇。大変。
  • 今回は松緑出演。祖父の二代目にはお世話になり、共演できてとても嬉しい。今後も一緒にやれればと思う。
  • 昨年は、生きていれば嬉しいことばかりでなく、困難な時もあるということを痛感させられた年だった。新年になると「良い年を」と誓うが、今年に限っては、どんなことがあっても対処できるよう前向きでありたい、と思っている。
  • 我々が今生きているのも、地球から、或いは宇宙からみれば、ほんの一瞬、(カメラの)フラッシュ程度。その一瞬の中で、更に、一時でも楽しい舞台を提供し、皆さんが苦しい事を忘れられれば、と願っている。
  • 今回は昨年と異なり、舞台半ばで挨拶もできないので、最初にこうして口上をつけた次第。

『妹背山婦女庭訓』
「道行」。笑三郎の求女、身体がやや前のめりになり、スッキリとした感じがしない。(尾上)右近の橘姫は、ゴツゴツしている。この二人、役としては逆の方が合っているような気がした。玉三郎のお三輪。てっきり花道から出てくると思っていたら、上手奥から登場。「御殿」でも言えることだが、玉三郎のお三輪の最大の特徴は、極めて文楽人形のイメージに近づけていること。といっても決して人形振りではない。人形振りは一種のパントマイムであり、動きの不自由さがあって人形のように見えるのだが、玉三郎の今日の動きは、実際の文楽人形の動き。つまり、あたかも人間のように見せる人形そのものの動きであり、例えば、求女に対する態度と橘姫に対する態度を明確に区別し、その動きをかなりデフォルメ化する点などは、簑助の遣う人形を観ているようであった。そしてそれは、簑助の遣う人形が可愛らしい娘に見えるのと同じく、玉三郎のお三輪を可愛らしく見せるのであった。
ただ、「道行」全体の出来としては平凡。三人揃っての手踊りもあまり面白くなかった。
三笠山御殿」。これは近年にない傑作。玉三郎のお三輪も、11年前に観た時以上に良かった。
前述した人形のような可愛さに加え、最後の疑着の相の妖しさが際立っていた。七三で嫉妬に狂い、両袖を噛む。玉三郎は、ここで、食い千切らんばかりに、片袖ずつしっかりと噛むのであった。そしてシケを出して、顔が見る間に変貌する。特に目元の朱色のアイシャドウが、より鮮明となって、目が血走ったように見えるのが、実に印象に残った。自分の観た中では雀右衛門以来の、疑着の相の面白さ。
玉三郎のお三輪は、いじめ官女の件で、独吟を入れない。胴上げされてから、すぐ「思えば思えば」の花道へ移行する。入れ事嫌いの玉三郎らしい。しかし、「御殿」全体で歌舞伎の入れ事は独吟だけではないのであり、最近戸板康二の『丸本歌舞伎』を読み、歌舞伎の入れ事も悪い事ではないと見直していたところであった自分には、島台を引きずる玉三郎の哀れさを観たかった気持ちもないではなかった。また、胴上げからすぐ疑着の相へ行くには、気持ちの変化が急すぎる部分もあり(そこを玉三郎はうまく表現していたわけだが)、歌舞伎の演出としては、やはり独吟があった方が、わかりやすいような気もする。
鱶七に刺され、求女の正体と自分の生き血が役立った真相を知って、疑着の相がすっかり消え、死にゆくお三輪の表情が何とも柔和なものになっていたのは、実に見事で感動的。
いじめの官女のいじめぶりが、控え目になっていた点も、良かった。最近、特に福助のお三輪の時などは、観るに耐えない程のいじめ官女のしつこい嬲りようであり、あまりに下品であったのだが、これも玉三郎効果であろう。
さらにこの一幕を傑作としたのは、松緑の鱶七。初役ながら、実に立派。「どうでごんす」での見得など、とうとう松緑も錦絵になった、という感じ。大人の顔、歌舞伎の顔になっていた。声量も十分で、後は、もう少し声の色が落ち着いてくれば文句はない。最近低迷気味の海老蔵を完全に凌駕する、若手荒事役者となったのではないか。もっとも酒瓶をブラブラさせるところはぎこちなく、こういうところを面白く見せるには、やはり年輪も必要だろう。
笑三郎の求女は、この一場では良かったと思う。
猿弥が入鹿と豆腐買いの二役。器用な役者である。
チケット代が安ければ、何度か通ってみたい、「御殿」であった。

丸本歌舞伎 (講談社文芸文庫)

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