『浮雲』

kenboutei2010-06-04

会社帰り、銀座シネパトス。成瀬巳喜男で最も有名な作、『浮雲』をようやく観る。
傑作であることに異論を挟む余地はない。最初から最後まで、緻密な映像空間に、くらくらする思いであった。
しかし、暗いんだよなあ。
ダメ男とダメ女の、エンドレスな道行映画。くっついたり、離れたり、腐れ縁の関係が延々と続き、男は家を見捨て、女は金を盗んで男に貢ぐ。社会的には全く失格な、同じ穴のムジナである男女の逃避行。
傍から見ると、高峰秀子森雅之のやっていることはまるで子供で(おまけに犯罪だ)、先日観た『新版歌祭文』のお染・久松の浅慮な行動と変わりはない。見境のない不良中高生の恋愛といった感じ。(まあ、それが男女の恋愛の普遍性でもあるということだが。)
でも、このズルズル感がタマラナイ。トリュフォーの恋愛映画でも、ここまで描ききれないというほどの、大人の映画であり、40代の今観るからこそ、わかる部分(と、反発する部分)がある。この映画がここまで評価されているとは、日本も大人の社会だったということだろう。(幼稚化した現代ではとても作れない映画である。)
暗い話だが、画調は案外と明るい。ボレロ調の音楽が印象に残る。
伊香保温泉滞在中、戦時中の外地での想い出話で、加東大介から「ドリアンうまかったね」と聞かれた時に、「ええ」と応える高峰秀子の表情がうっとりとしていて、色っぽかった。
加東大介の若い妻・岡田茉莉子に向ける、森雅之のほんの一瞬の目線が、成瀬演出の真骨頂。
出発前の屋久島行きの船の中で、病気になっている高峰秀子を診察する医者に、初期の成瀬映画によく出ていた大川平八郎。見送りの場面では、必要以上に長く映っていたのが、なんだか嬉しかった。
伊香保温泉での高峰秀子森雅之の混浴シーンも良い。(脱衣所も男女共同であった。)
これまで観てきた成瀬映画のトーンとはやや異なり、あまり成瀬っぽくない。むしろ脚本(水木洋子)の主張の強い映画である。(『浮雲』が成瀬の代表作というのは、ちょっと疑問。)
エンドクレジットの代わりに「花のいのちは短くて・・・」という原作者の林芙美子の詩が出てくるが、余計な装飾に感じた。普通の終わり方でよかったのに。

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