四月歌舞伎座 第二部

kenboutei2010-04-04

寺子屋仁左衛門の源蔵、勘三郎の戸浪、幸四郎の松王、玉三郎の千代。仁左衛門の源蔵と勘三郎の戸浪という組み合わせは、もちろん自分は初めて観るし、実に新鮮であった。全体的に丁寧で、それでいてくどくなく、爽やかですらある、清々しい舞台。歌舞伎座最後の『寺子屋』で、鉄板的配役を排し、新たな可能性を見せてくれたのは、とても嬉しいことであった。
特に自分にとって新しいと思ったのは、仁左衛門の源蔵である。
仁左衛門の源蔵は、実事の中に世話が入り交じる。小太郎を「うち眺め」た後、「よい子じゃの」と言う時にぐっとくだけた表情になったり、首実検が終わって戸浪と抱き合い、また、野辺の送りの準備を自ら手伝ったりする。
これまで観てきたどの役者よりも情に厚い源蔵なのだが、それによって、源蔵がこれまで味わってきた苦労というものを、感じさせる効果があったように思う。
その点を一番実感できたのは、自分が斬った首が松王丸の実子であることを知った時の仁左衛門の表情である。敵方だと思っていた松王が、自分と同じく菅丞相の苦境を救おうとしていた仲間であり、そしてそのためには自らの子供までを犠牲にした事実への衝撃と、その一方で、自分はそんな同士の子供を斬ってしまったのだという衝撃が綯い交ぜになった感情が、一瞬にしてその表情に表れていて、これは仁左衛門でなければできない反応だと思った。
また、その後の松王丸の述懐で、松王が菅丞相から「松はつれない」と言われたことを嘆いた時の、松王に共感するような表情も、仁左衛門独特のものであった。そこには、菅丞相から筆法は伝授されたものの、勘当はついに許されなかった自らの境遇とも重なって、松王の嘆きに一緒に泣いているような面持ちとなっていて、やはり情感のある源蔵で、感動的であった。
その一方で、仁左衛門の源蔵は、義太夫狂言としての、形の良さが印象に残る。
「せまじきものは宮仕え」は、床に語らせ、自らは立ったままの思い入れ。その後、一回転して下手の戸浪の方を向き、客席には背中を見せ、刀を後ろ手にする、その形の美しさは、人形浄瑠璃を生身の人間が演じる義太夫狂言の面白さを、端的に伝えるものである。この様式美があるから、仁左衛門の源蔵は、世話っぽく見えるところがあっても、決して写実に過ぎることはないのである。
戸浪の勘三郎も、この仁左衛門の源蔵にぴたりと寄り添った、良い戸浪であった。ゆったりと構え、せかせかすることがない。何より古典味があり、叔父にあたる三代目時蔵にそっくりな(といっても写真やビデオでしか知らないが)ところが素敵であった。
幸四郎の松王丸は、咳や大笑いを、声量がない分、独自の工夫で見せる写実型なのだが、今日はあまり嫌味にはならなかった。上述の通り、仁左衛門の源蔵の受けの芝居が良いので、それに幸四郎も乗っかている感じ。これは、平成18年9月の、久しぶりの幸四郎・吉右衛門顔合わせの『寺子屋』で、期待に反して二人の芝居が噛み合なかったように見えたのとは逆の印象である。
ただ、「机の数が一脚多い」と言う前に、実際に机の数を数えていたのは、さすがにやり過ぎだと感じた。
ところで松王丸は、「桜丸が不憫でござる」と言って大泣きする。ここは、桜丸のことにかこつけて、本当は小太郎のことを嘆いているのだと、以前猿之助がテレビで解説していたのを、ずっと信じていたのだが、今日の幸四郎を観ているうちに、やはり松王丸は桜丸のことを思って泣いているのだと、考え直した。
というのも、今日の『寺子屋』が、単なる見取狂言ではなく、『菅原伝授手習鑑』の一部として、この段に至るまでの、菅丞相を巡る三つ子や源蔵の様々な物語を想起させ、そこに思いを馳せた時、菅丞相流罪の原因を作ったことを苦にして自害した桜丸のことを思って泣いているに違いないと思ったのである。そう思わせたのは、おそらく仁左衛門の源蔵の造形であり、そこにフィットしていた幸四郎の松王丸の造形であったのだと思う。(それともう一つ、先月の『筆法伝授』『道明寺』仁左衛門の菅丞相が良かったので、より『菅原』を意識して観ていたこともあったからだろう。)
玉三郎の千代は、子を思う母親の気持ちが、しっとりと溢れ出ていた。
彦三郎の玄蕃は、一人だけこの座組には合わない声量。
時蔵の園生の前。
菅秀才に金太郎、よくできました。
三人吉三〜大川端』團十郎の和尚、菊五郎のお嬢、吉右衛門のお坊。
血の盃を交わすところで、團十郎菊五郎の腕に血止めの布巻きを手伝う手順を忘れ、一瞬芝居が固まる。菊五郎が「すいません」と腕を差し出し、慌てて團十郎が布を巻く。当然、観客はざわつき、笑い、そして何故か拍手で盛り上がる。舞台では菊五郎の方が、片手で「すまん、すまん」とやっていた。
おとせに梅枝。花道での芝居がうまい。いつの間にか、魅力ある女形になってきた。
『藤娘』藤十郎。何とも可愛らしい藤娘。若々しさと柔らか味。