『くちづけ』

kenboutei2009-07-19

神保町シアター
成瀬巳喜男が共同プロデュースとして参画した、オムニバス映画。三部構成で、全て石坂洋次郎原作。
第一話が筧正典監督の『くちづけ』、第二話が鈴木英夫監督の『霧の中の少女』、そして第三話が成瀬監督の『女同士』。
『くちづけ』は、青山京子と太刀川洋一が、もはや日本には存在しないと思われる、健康的で純粋な学生カップルを演じる。くちづけと結婚がほぼ同義であった頃の時代劇(?)。笠智衆の大学教授が、味わいあり。
『霧の中の少女』は、東北の田舎に帰省した女学生、司葉子の元に、貧乏旅行中の同級生、小泉博が立ち寄って巻き起こる、ひと夏の出来事。若い娘のところに泊りに来る男を巡り、ハラハラと気を揉む夫婦、藤原釜足清川虹子の掛け合い漫才のような会話が面白い。そんな両親の心配をよそに、二人に一泊の温泉旅行をけしかける祖母役の飯田蝶子も、なかなか素敵。司葉子の妹に中原ひとみ。もう一人、弟もいる。
司葉子の素敵さは、もはや言うまでもないが、ここでは、中原ひとみの溌剌さに目を奪われた。姉の男友達に、勝手にやきもきする、おませな子。デンターライオンの歯磨きCMのイメージしかなかったのだが、なんとまあ、可愛いことか。ぎこちない東北弁もかえって愛らしい。小泉博から司葉子にハガキがきただけで、「大変だ、大変だ」(実際は「てーへんだ、てーへんだ」と言っている)と走り回る、冒頭の場面が素晴らしい。(少女アイドル映画には、走る場面が不可欠である。)
そして、司葉子中原ひとみ飯田蝶子の入浴シーン、三人で「♫小原庄助さん、なんで身上つぶした」と会津磐梯山を唄うシーンが何と言っても最高。
『霧の中の少女』とは、温泉宿で、司葉子と小泉博がこっそり部屋から抜け出したのに気づいた中原ひとみが、霧深い夜道を泣きながら探すところから、ついたのだろう。
司葉子の帰省先は、農業の傍ら荒物店を営んでいる。その店の構造や、奥にある居間の雰囲気などは、ほとんど成瀬映画のセットをそのまま使っている感じ。田舎の長閑な雰囲気や煌めく川面と光の加減など、どこを切り取っても成瀬映画のような、鈴木英夫監督作品。
文句なく三作の中ではベストであり、この一編だけで、もっと多くのことを語りたいくらい。
第三話の『女同士』は、開業医の上原謙、その妻高峰秀子、住込み看護婦の中村メイ子が登場。中村メイ子が上原謙に好意を抱いていることを日記で知った高峰秀子が、近所の八百屋の小林桂樹と彼女を結婚させようと画策するお話。うまく中村メイ子は嫁いで行ったが、新たに後任の若い看護婦、八千草薫がやって来るというオチがつく。
軽いタッチの短編小説といった趣き。先日古本屋で買った、フィルムアート社の成瀬巳喜男の映画読本では、「流石に成瀬演出の第三話は一日の長を見せ」とあるが、個人的には、第二話の方がずっと良い。(この映画読本の解説は、どれも断定的な書きぶりで、気に入らない。)