十一月歌舞伎座顔見世 昼夜

kenboutei2008-11-16

昼の部
『盟三五大切』コクーンは別として、歌舞伎座で観た過去2回(平成17年6月平成15年10月)は、どちらも半分寝ながら観ていたようで、従って殺し場以外の筋はすっかり忘れていたのだが、今日は前もって筋書も読み、忠臣蔵四谷怪談の世界との関係も頭に入れて(要するに、不破数右衛門富森助右衛門の位置付けをきちんと認識したということだが)観ることができたので、話が良くわかり、面白く感じた。
菊五郎の三五郎を中心とする菊五郎劇団の連中が、よってたかって仁左衛門の源五兵衛を騙すという構図も、わかりやすさと面白さが増した原因の一つ。(勝手にこちらがそう解釈しただけだが。)
時蔵の小万は、あまり迷うことなく劇団側(いや、三五郎側)についている。この辺は、一昨年観た「籠釣瓶」で、福助の八ツ橋が次郎左衛門に見せた態度と共通しているように感じた。観ている方は、もう少し源五兵衛への愛情があっても良いのではと思っていたのだが。
仁左衛門の源五兵衛は、前半があまりにも優男すぎるように感じた。その上、時々、武士っぽい物腰になるものだから、何だか一貫性がなく、その後の殺しへの転換にも、戸惑いを感じざるを得なかった。源五兵衛は、福岡貢とは違って、刀の魔力で人殺しをするのではなく、小万に裏切られた絶望(更には討入りに参加できなくなった絶望)から殺人に走るのであって、だとすると、前半はもう少し、塩冶浪士としての力強さで通しても良かったと思う。(まあ、優しさと愛嬌が滲み出るのが仁左衛門の魅力ではあるのだが。)
それでも、大詰で、二度目に出て来た時の仁左衛門の源五兵衛は、さすがに戦慄を感じさせる残忍さがあり、小万に刀を持たせて赤ん坊を刺し殺す場面などは、本当に目を背けたくなるような迫力。小万の帯をほどきながら決める型は、まさに幕末の錦絵の如し。歌舞伎の残虐美を具体的に表現できる身体の魅力に溢れていた。(この場の照明も良かった。)
菊五郎の三五郎は、案外に淡白で、色気に乏しい。小万が悪に加担してまでも惚れてしまうような、強引な色気が欲しかった。
左團次の弥助、田之助の了心、歌昇の八右衛門、東蔵の助右衛門と、役者が揃い、南北の通し狂言としては、成功した部類に入ると思った。
『吉田屋』藤十郎の伊左衛門。花道の出が、何だかもっさりしていて、物足りなかった。魁春の夕霧が出るまで耐えきれず、睡眠。目が覚めたらコンタクトが外れ、慌ててトイレへ。ちょうど終わるところで、そのまま退出。(感想になってないな。)
 
夜の部
寺子屋仁左衛門の松王、梅玉の源蔵、藤十郎の千代、魁春の戸浪という、不思議な組み合わせ。
案の定、梅玉の源蔵がまずい。源蔵戻りの戸口で、「いずれを見ても山家育ち」の台詞(「氏より育ち・・・」は何故か省略)が、変に感情が入り、役の品格が台無しとなった。後は推して知るべし。寺子たちを前にしていながら、菅秀才に一礼したり、首実検終了後、感極まって菅秀才に両手を広げて近づくなど、いつもの冷淡な梅玉とは思えない程、過剰演技が目についた。(梅玉も、最近の役者の現代劇病が感染してしまったのかもしれない。)
仁左衛門の松王は、スッキリしすぎている。それと、二度目の出の、黒の羽織袴は、あまりにも地味だ。
藤十郎の千代が、さすがに義太夫狂言らしいコクがあり、非常に良かった。藤十郎が出てきて、やっと芝居に面白味が出て来た(梅玉も、藤十郎との絡みになると、それほど悪くない。)が、息子を迎えに来るのに、あんなに慌てて戸口を叩くことはないだろう。源蔵に斬りかけられて、懐紙を出さなかったのは、肉体的な問題からだろうか。
魁春の戸浪は、ごく平凡。
それにしても、仁左衛門藤十郎夫婦の熱さと比べて、梅玉魁春夫婦は、あまりにもクールだ。(二組の夫婦の対比の芝居として見ると、案外面白かったが。)
段四郎の玄蕃は本役。
小太郎役の玉太郎が、味のある顔つきで、お気に入り。(菅秀才の千之助も結構好きだが。)
船弁慶幕間に起こった個人的出来事で、気もそぞろ。ほとんど覚えていない。菊五郎の静が、左團次の弁慶の前で非常に小さく見えたのと、富十郎義経の声の朗々さと、ずっと真剣に菊五郎を見つめ続けていたのが印象に残った程度。芝翫が舟長で出ていたのも、あまり覚えていない。
『嫗山姥』時蔵の八重桐。過去にも福助菊之助、それに時蔵自身のも観ているが、今日の時蔵が一番良かった。芝居としても今日は役者が揃って面白く、昼夜通して一番の出来だったと思う。
時蔵の八重桐は、持ち前の古風さが活かされ(紫色の紙衣姿がよく似合う)、竹本に合わせたしゃべりの部分の身振り手振りは、踊りを観ているような無類の面白さだった。間違いなく、時蔵の代表作であり、これからも持ち役として続けて欲しい。
梅玉の煙草屋も、スッキリとして良い。源蔵とは大違いで、やっぱりこっちの方がニンなのだろうなあ。
歌昇のお歌が達者、孝太郎の白菊も良かった。
錦之助の十郎も赤っ面が似合うようになり、歌六は出ていなかったが、萬屋一門による、三代目時蔵の良い追善になったと思う。
とにかく、煙草屋や紙衣姿の女のヘンテコな話を聴き、元夫の自害した血を飲む(魂が入る?)と胎内に子供が宿り、その子が坂田金時になるという、バカバカしい芝居が、特段の違和感もなく、歌舞伎役者の魅力で押し通すことができたのが、何より嬉しかった。