時間のかかる床屋

床屋に行こうとうろうろしていたら、八丁堀に、新しそうな床屋を発見。
入ってみると、客はおらず、店の主人が一人で所在なげであった。
中は広くて、待ち合いの部屋とカットの部屋は別れており、カットの部屋には靴を脱いでスリッパに履き替える。木目調の清潔なスタジオ風で、そういえば、店の名前が「○○ヘアスタジオ」となっていた。
店の主人は、突然の飛び入り客に、どこか戸惑いを見せつつも、鞄を受取り、コートを脱がせてくれて、カットの部屋へと案内し、鏡の前の椅子に座らせた。
極めて無口な主人で、どうカットするかを聞いただけで、カットのみやシャンプー・ひげ剃り付きなどのいくつかのコースがあったにもかかわらず、その選択を聞くそぶりもなく、既に髪を切り始めた。しょうがないので、こちらから、「髭も剃ってくれ」と言うと、驚いたようであった。
その後も、主人は一言も喋らず、黙々と髪を切っている。こちらも、あえて話しかけなかったため、沈黙の中、BGMのクラシック音楽が、静かに流れていった。
そして、カットの時間が異常に長い。側頭部の耳周りを、左右何度も念入りに櫛と鋏を入れている、綺麗に形を整えるカットをしたかと思うと、その後に再び同じところをバサリと切ったりしており、さっきの流麗なテクニックで形を揃えたのは何だったんだと思うほど、繰り返しの作業が続いた。
最近は10分1,000円の手軽な店ばかり行っていたので、こんなに時間をかける床屋も、久しぶりであった。
ひげ剃りは、顔が乾かないように、加湿器を用意。初めての経験。
カットされている最中、鏡越しに周囲を見回すと、「男の白髪染め」などの宣伝ポスターが目立ち、どうやらこの近辺の年配サラリーマンをターゲットにしている店のようだ。立地場所からみても、週末の客はそれほど多くは見込めないだろう。
進行していく自分の髪形は、だんだん年配サラリーマン、というより昭和高度成長期のサラリーマン風に、変貌していった。普段は断る仕上げの整髪料なども、そのままされるに任せた。
終わってみると、たっぷり1時間30分。その間、世間話はいっさいなし。見事に生真面目そうな中年男が出来上がった。
料金を払う時、「これどうぞ」と、恥ずかしげに、手帳をくれた。やはり新規開店の店だったのだろう。
合計4,300円。
外に出たら、すっかり日も暮れてしまっていた。終わったらアキバに行こうと思っていたのだが、そのまま本屋に寄っただけで帰宅。
この店、一年持つかなあ。