『僕のピアノコンチェルト』

kenboutei2007-11-19

先週、会社帰りに銀座テアトルシネマの前を通ると、この映画の大きな看板が掲げてあった。監督の名がフレディ・M・ムーラーとあったので、思わず足が止まった。
学生の頃に観た映画の中で、最も好きなものの一つに、フレディ・ムーラーの『山の焚火』があった。人里離れたアルプスの山奥に暮らす一家の物語で、姉と弟のせつない近親相姦が強烈に印象に残っている。
あの監督の最新作ということであれば、観なくてはなるまい。
題名と宣伝文句から、「天才ピアニスト少年の感動的なドキュメント」を勝手に想像してしまったのだが、実際は、天才児に生まれてしまったが故の苦悩と、その天才児と祖父との間の、「将来何になりたいのか(なりたかったのか)」という夢にまつわる、ファンタジックな物語であった。後で買ったパンフレットでも、ピアノと音楽に関する話題を強調していたが、完全にミスリードしているように思う。原題は主人公の天才児の名前、『ヴィトス』。ありがちなことだが、とんちんかんな邦題によって、誤ったイメージのままその評価も決まってしまう不幸を危惧せざるを得ない。
天才児が、あまりに親の期待が大きいので、飛び降り事故を起こして頭をぶつけ、普通の知能指数に戻った振りをしたり、祖父の夢を実現させるために、ネットで株価を操作し大金をせしめるなど、ちょっとあり得ないストーリー展開に、多少の戸惑いも感じたが、ムーラー監督は、『山の焚火』とは異なる軽妙な演出で、観る者を飽きさせはしなかった。(しかし、おそらくは違法の株取引きで大金を入手し、それを元手に飛行機を買ったり、会社を買収したりするのに、主人公とその周辺が、何の罪悪感も持たないのを納得させるには、もう少し脚本を練り込んだ方が良かったように思う。)
ヴィトスが、「普通の」クラスメイトと、広場で自転車に乗っている場面で、お互いにヘッドフォンで聞いている音楽(ヴィトスはクラシック、クラスメイトはロックだったかな)が、画面にそれぞれが映る度に交錯する演出が、面白かった。
死んだ祖父の飛行機を操縦して、一度は自ら拒絶したピアノ教師の屋敷に着陸する場面は、祖父の夢とヴィトスの夢が一つに繋がる象徴として、非常に味わいがあった。
天才少年ヴィトスは、幼年期と少年期で子役が異なるが、気に入らないと癇癪を起こす幼年期の様子が、『ブリキの太鼓』の子供にオーバーラップした。
天才ピアニストの、親との葛藤という点では、『シャイン』を思い起こさせる。
ヴィトスが、かつてベビーシッターしてくれた年上の女性に惚れるのは、この監督の『山の焚火』における姉弟の関係との共通性が指摘されるだろう。
祖父役にブルーノ・ガンツ。自分の中では、『永遠と一日』に次いで、印象深い出演。