9月歌舞伎座秀山祭・夜の部

kenboutei2007-09-17

『阿古屋』玉三郎。花道の出が、充実。以前は、その豪華で美しい傾城の姿を誇示するような最初の出であったが(そういう演出でもあるが)、今回は、景清の行方詮議を前にした苦悩を押し隠した、深みと翳りのある歩みと振りで、派手さよりも慎み深さを感じた。一見すると地味でもあるのだが、阿古屋の内面が表れた、優れた花道だったと思う。
三曲では、最初の琴が良かった。玉三郎自身が謡う声音も実に清澄で、これなら重忠でなくとも、阿古屋は嘘を言っていないだろうと、納得させるものがあった。玉三郎の三曲は、回を重ねる度に良くなっているので、感心する。
重忠は吉右衛門。体格が大きいので、ニンにないかとも思ったが、顔をきちんと阿古屋の方を向いて対応する姿に、誠実な重忠像を感じて、新鮮であった。
段四郎の岩永が、うまい。人形振りを強調するわけではなく、変な表現だが、「自然にぎこちない」。その軽妙さが見事であった。
ということで、今まで見てきた玉三郎の『阿古屋』では一番、今月の昼夜の演目の中でも一番良かった。
『身替座禅』團十郎の右京、左團次玉の井染五郎の太郎冠者。最近の上演頻度の多さに、食傷。小枝、千枝に右之助、家橘という配役だけがサプライズ。
『二條城の清正』初めて観る。これも、昨日の『竜馬がゆく』同様、大河ドラマ功名が辻』などを観ていたおかげで、関ヶ原前後の豊臣家と徳川家の攻防の背景が良く理解でき、この二條城での心理戦を興味深く観ることができた。
吉右衛門の清正は、長い口髭が立派で、昔の千円札の伊藤博文のようだった。「二條城」の場(この場の美術が見事)で、段四郎の本多佐渡守を「佐渡!」と一喝するところの迫力が凄かった。
福助の秀頼が、頼りない悲劇の殿様の佇まいをうまく出していた。
前後の「清正館」「御座船」は、新歌舞伎特有の分別臭さで、退屈。