7月歌舞伎座・『十二夜』千秋楽

kenboutei2007-07-29

今月の歌舞伎座は、『NINAGAWA十二夜』の再演。
2年前の初演時は、まず幕開きの鏡張りの舞台に圧倒され、それから数時間、何とも夢のような世界を堪能させてもらった。
今回も前回同様、千秋楽を観劇。座席は前回よりも花道寄り。幕前、ロビーで演出の蜷川幸雄が所在なげに一人佇んでいた。
幕開きは、2年前のような大きなどよめきはなかった。すでにこれが先月の博多座を含めると三度目の上演、リピーターも多いのだろう、観客側の方も、舞台全面の鏡に映る自分達の姿に向かって手を振るなど、初演時の緊張感溢れる会場の空気は薄れ、むしろ積極的にこの舞台を楽しもうとしている、何かアットホームな雰囲気となっていたのが、印象的だった。
出演者の方も、その評判の良さの反映からか、自信を持って演じているようだった。(それは筋書に載っている各役者の発言からも伺える。)
そういう、観る側と演じる側の幸福な共犯関係が、最初から最後まで会場を支配していたような気がする。
初演時から比べると、当然ながら全体にプラッシュアップされている。特に、船の遭難の場面での菊之助の二役は、できるだけ替え玉が目立たないようにひと工夫されていて良かった。
この場の最後で、琵琶姫が、倒れてきた帆柱をつかんで、一種の柱巻きの見得をする。その形が何とも美しく、今日の菊之助で一番素敵だった。早く菊之助の八重垣姫を観てみたくなった。
帆船の帆に描かれた印が、ローマ数字の2に似ていたが、前回はどうだっただろうか。
菊五郎左團次亀治郎と前回と同じキャスティング、皆それぞれ、既に手に入った役という感が強い。亀治郎の麻阿なども、もっとはしゃいでいるのかと思ったが、案外手堅い役者っぷりを見せてくれた。
初演時は、各役者がまだ蜷川演出に必死についていく、その真剣さが面白かったのだが、今回は、個々の役を自分のフィールド(菊五郎風に言うと、「歌舞伎の引き出し」)に引きずり込む余裕が出てきたのだろう。その分、歌舞伎の定型に嵌りつつあるのも事実で、歌舞伎VS現代劇のバトルが、だんだん歌舞伎寄りになった感は否めない。(プロレスVSボクシングなどの異種格闘技戦も、やっぱりプロレスだなあ、という感覚に似ている。)
前回の松緑から変わった、翫雀の安藤がなかなか良かった。松緑のはただの阿呆の感じだったが、翫雀はさすがに公家の貫禄は残していた。この翫雀と、堂々たる織笛姫を演じた時蔵によって、前回はあまり感じられなかった、「上流階級」の雰囲気が、そこはかとなく漂っていた。
錦之助左大臣は、意識的に感情の起伏の激しい君主のイメージにしたそうだが、個人的には逆効果であったと思う。琵琶姫が惚れる男として、この左大臣はわかりにくい。初演時の、メルヘンチックな錦之助(いや、信二郎か)に戻ってほしかった。
菊之助は、獅子丸と琵琶姫の行き来が一層自在になっていて、感心しきりだったが、あまりやり過ぎると、効果が薄くなる面もある。
それにしても、洗練を重ね、完成度が高まるにつれて、ますます気になって仕方がないのは、ラストの琵琶姫(=獅子丸)と主膳之助の正体暴露の場面である。
菊之助が主膳之助になっている時に、フェイスマスクの獅子丸(=琵琶姫)が登場して、それまでの混乱が解決することになる。しかし、これまで観客が観てきたのは、主として獅子丸(=琵琶姫)の方である。特に今回は、前回以上に獅子丸(=琵琶姫)側の方に感情移入しやすいように、演出が整理されている。
この場で獅子丸が実は琵琶姫という女性で、恋する左大臣とも結ばれることになるのに、それがフェイスマスクで、ただ立っているだけ(おまけに主膳役の菊之助が声色を使って笑いが起きる始末だ)では、琵琶姫の思いが遂げられるというカタルシスを観客は感じられない。この場で菊之助が演じるべきなのは、主膳之助ではなく、断然、琵琶姫の方である。
さすがに最後の最後では、舞台奥から実際の菊之助の琵琶姫が左大臣と一緒にやってきて、拍手喝采となるのだが、それだけでは、全然、物足りない。
獅子丸、琵琶姫、主膳之助と、一人三役の無理が、初演時以上にこの場で凝縮されて浮き上がってきた感がある。
最後のフェイスマスクは、獅子丸ではなく主膳之助の方にするかだが、それだとうまく筋が運ばない気もするし、いっそのこと、主膳之助の方は別の役者でもいいのではないかとも思った。(実際のシェイクスピア劇ではそれが普通であると、どこかで読んだ記憶があるが。)
もう、獅子丸実ハ琵琶姫だけでも、菊之助の両性具有的魅力は十分堪能できるはずだ。

幕が締まり、2年前の千秋楽同様、花道から菊五郎と一緒に蜷川幸雄が登場。スタンディングオベーション、カーテンコールでの嬉しそうな菊之助の顔が忘れられない。
菊五郎劇団恒例の千秋楽のお遊びは、今回はなかった。蜷川さんに止められたのかも。)