カズオ・イシグロ『浮世の画家』

読了。

浮世の画家
浮世の画家
posted with amazlet on 07.02.18
カズオ イシグロ 飛田 茂雄
早川書房
表紙から、浮世絵師の話かと思っていたのだが、そうではなかった。
戦争中、積極的に戦意高揚の絵を描いてきた高名な画家の、敗戦後の価値観の変化への戸惑いを、娘の縁談などの日常的な話から、浮き彫りにして行く。
主人公である画家の回想を中心に話は展開されるが、回想の途中で更に別の回想に入るなど、意図的に主人公の意識の流れのままに書き進める手法が面白かった。(読んでいるうちに、後藤明生の『挟み撃ち』を、思い出していた。)
次女の縁談は、画家の戦時中の行為がネックとなり、一度は破談しているのだが、その背景は、二度目の縁談が進む過程で徐々に明らかにされていくという構成で、二度目の縁談がうまくいくかどうかが、一つのサスペンスのようになっていて、読んでいてドキドキした。
著者自身は英語で書いており、登場人物(全て日本人)の名前などは、訳者が漢字に置き換えている。次女の名前の「ノリコ」は「紀子」としているが、これは小津映画のイメージからとったことは、おそらく間違いあるまい。(おそらくカズオ・イシグロ自身も、そのイメージで書いているはずだ。)
日本を舞台にしてはいるが、思考回路はやはり西洋文学。画家と孫との会話などは、日本人のものとしては、違和感があった。とはいうものの、そうした細部を気にする必要はないほど、テーマには普遍性があり、それを巧みな語り口で表現しているのは、何だか先日のイーストウッドの『硫黄島からの手紙』と同じように感じもした。