浅草歌舞伎 第二部

kenboutei2007-01-20

今朝、ネットを覗くと、一階花道近くに空席があったので、急遽予約して浅草へ。
実は明日行く予定にしていた国立劇場が既に満席で予約できず(こんなことは初めてだ)、その代わりといったところだったが、これが熱気溢れる、とても素敵な舞台で、見逃さなくて良かった。
芝居開始前に、愛之助の口上。途中で観客席に降りてきて、お客さんにインタビュー。大阪から来た女性客に、「怖いものは何か」と聞かれ、「お客様」と答えていた。花道を歩くと、二階席の女性客から気楽に声をかけられたりしていて、これも浅草歌舞伎ならではか。
『渡海屋・大物浦獅童の知盛。これまで、獅童の芝居で良いと思った記憶がないのだが、今日の知盛は立派だった。前半の銀平はそれほどでもないものの、知盛となると、隈取も映え、芝居が大きく堂々としていた。一番感心したのは、「渡海屋」での最後の花道引っ込み。ここで獅童は、幽霊のように手をぶらりとさせる珍しい型で引っ込んだが、決して滑稽にならず、むしろ亡霊のイメージの不気味さや凄みが伝わってきて、これまでのどの役者の知盛よりも、秀でた引っ込みであったと思う。「大物浦」になって、傷だらけで戻ってくる時にも、獅童の知盛は花道で再び幽霊の型を見せる。(これは誰の型なのだろうか。)大物浦での獅童は、まだ台詞廻しが一本調子で物足りないが、藍隈が似合う古怪な容貌と、最後の入水まで充分観客を引きつけた主役としての演技は、自分の獅童感を一変させる、記念すべき舞台であった。
愛之助の入江丹蔵、亀鶴の相模五郎は、最初の鎌倉武士でのチャリ場は、やや現代調に流れてしまったが、注進の場は、各々楷書の身振りで好感が持てた。特に亀鶴は、身体にキレがあり、観ていて非常に面白かった。
勘太郎義経は、最初の家内奥からすっと入ってくるところに、気品があった。
七之助典侍の局は、さすがにまだ手に余るところはあるが、決して悪いものではない。
『身替座禅』勘太郎の右京、愛之助玉の井。これも素晴らしい。特に勘太郎は、玉の井に向かって、花子との密会を再現させる身振りでの、花子と右京の使い分けが見事で、この人の踊りのうまさを改めて認識させられた。そして、口調が親父そっくり。
この一幕は、右京役の年熟さ加減で随分印象が変わるのだが、自分が観た中で一番若い勘太郎の右京は、まるで親の目を逃れて初めて外泊する高校生のようだったが、そのちょっと甘酸っぱい恋のときめき具合が、爽やかで良かった。こういう右京もありだと思う。
愛之助玉の井は、メガネを外した時の仲本工事に似ていた。

・・とにもかくにも、上置きも置かず、若手だけで、よくもここまで水準の高い舞台に仕上げたものだと、感心する。これまで、この座組になってからの浅草歌舞伎にはあまり興味をそそられず、二年前に観た時もそれほど面白くなかったので、ほとんど期待せずに臨んだのだが、良いものを観せてもらった。
若手の成長と、それを熱心に応援する、若い女性と和服比率の高い観客。これが浅草歌舞伎なんだなあ、と良い気分で浅草公会堂を後にした。
第一部も観たくなったが、もう日程が合わない。残念。