芳三郎自伝

読了。

六代目嵐芳三郎の自伝。といっても後半は持ち役だった『鳴神』絶間姫の演技ノートで、自伝自体は100ページ程度。
芳三郎は五代目の長男で、長十郎の助手であったそうだ。
長十郎との関係で興味深かった記述。

この専任助手の経験はわたしをずいぶん鍛えてくれました。心の底に澱むような屈辱感が生ずる一方、それとはうらはらに、ああ、自分を信頼してくれているんだなあという満足感も感じたこともたしかで、そう思わせるのが長十郎さんのカリスマ性だったのでしょう。(P53〜54)

毎朝、開演まえのひとときに、長十郎さんは毛沢東讃歌「東方紅」を唄い、調右衛門さん、八蔵さんにもいっしょに唄うようにうながすのです。部屋の戸口に控えたわたしは、「長十郎さんは子どもみたいになってしまったなあ」と悲しく思いつつ見守っているしかありませんでした。(P57)

それにしても、「歌舞伎は封建時代の遺物だから、あまり上演の意義はない」とか、「米中戦争がおきたら日本は核爆弾でメチャメチャになるから、中国大陸に疎開しよう」などという長十郎さんの説にだれもしたがわなかったのは、当然といえば当然でした。(P59)

脱退前の長十郎の独裁と暴走を一番身近で見ていたのは、この芳三郎だったのかもしれないが、長十郎に対する記述は、意外と控え目であった。それは父・五代目に対しても同様で、どこか本心を隠した遠回しの表現をしていて、そこから芳三郎本人の、意外と複雑な性格をも感じられる自伝であった。