『武蔵野夫人』

kenboutei2006-09-23

先日、アマゾンから東宝発売の溝口DVDが届き、まずは初見の『武蔵野夫人』。
冷えきった関係の二組の夫婦と、そこに現れる若い従弟による、メロドラマ。
愛情のない夫への貞節は固く守ると決心しながらも、従弟の求愛を、「誓い」と称して精神的に受け止めようとする田中絹代が、いかにも田中絹代であった。
福田恆存が潤色で加わっているせいか、観念的な台詞が多く、どこか舞台劇のようでもあり、また、三島由紀夫大江健三郎の小説を読んでいるような気分にもなった。
突然の嵐で宿泊したホテルで、田中絹代に迫り、「愛は自由、自由は力だ」と言う若い従弟に対し、田中絹代は、「道徳だけが力」と答える。そして、道徳よりも上のものが「誓い」なのだという。貞節と家を守ることしか墓前で誓っていなかった田中絹代が突然そんなことを言うので、観ている方は、随分戸惑う。
田中絹代と従弟が散策する武蔵野の風景が極めて美しい。ルノワールの映画を彷彿させる。
また、復員してきた従弟が、鬱蒼とした森の中、霧の漂う小径の向こうから歩いて登場してくる場面も、印象深いものがあった。
1951年の作品で、戦争に対する見方が随分皮肉になっているのには、やや違和感があった。DVD特典の、四方田犬彦の解説でも触れていたが、GHQ検閲も影響しているのだろう。
戦時中の配給品として、自決のための青酸カリを配給していたのも驚いた。(これが後の伏線にもなっていた。)
轟夕起子は、どうしても原節子の二番煎じにしか見えなかった。
東京に空襲があり、武蔵野の実家に逃れる夫婦のシーンから映画は始まるが、地平線の向こうに立ち上る、いくつもの空爆の煙は、多分東宝得意の特撮なのだろう。(武蔵野散策時の雷の閃光もそうかな。)
どういうわけか、アフレコと映像のバランスが悪かった。
『武蔵野夫人』、別の題名をつけるとしたら、『誓い』が相応しい。