十月歌舞伎座

kenboutei2004-10-24

木挽町で昼夜芝居を観る。
昼の部。『熊谷陣屋』が、丸本歌舞伎とは思えぬ不出来。幸四郎の熊谷と芝翫の相模が、共に薄っぺらい演技で期待を裏切る。本当にこれが大歌舞伎なのか。段四郎初役の弥陀六だけが本役。いつもの左團次よりもいい。
『都鳥』、以前観た時は「おまんまの立ち回り」しか覚えていないのだが、今回もそうなりそう。
夜の部。
幸四郎雀右衛門『井伊大老が意外にも良かった。歌右衛門最後の舞台を思い出しながら、雀右衛門がどんなお静の方を観せてくれるのだろうという興味だけで臨んだのだったが、だんだんと幸四郎井伊直弼に引き込まれていった。暗殺される運命の日の前夜、二人で雛人形を眺めながら、幸福だった昔を思い出し、「あの頃に帰りたいなあ」と嘆息する幸四郎に、つい、目が潤んだ。舞台奥に照らし出される雛人形の美しさ。避けられない死を覚悟しながら静かに語り合う二人の姿は、文楽における心中ものの道行のような風情をも感じさせた。この二人の会話を聴きながら、そこに漂う「死」というものを強く意識させられた。それは翌日の井伊直弼の「死」だけでなく、この演目が最後となった歌右衛門白鸚の「死」をも思った。幸四郎雀右衛門の台詞がしみじみと心に滲みる、本当にいい舞台であった。自分が過去に観た幸四郎の舞台の中でもベスト・ワンだ。
次の『実盛物語』も良かった。仁左衛門が、格好良さとおかしみを兼ね備えて、わくわくするような芝居だった。これぞ義太夫狂言。昼の「熊谷」とは大違い。
最後の『直侍』も良い。何度か観ている菊五郎の直次郎だが、今回が一番様になっていた。頬被りして傘を差しながら雪道を歩く、最初の出から見事。これが菊五郎の持ち役であることを十分納得させる内容だった。
幸四郎井伊直弼仁左衛門の実盛、菊五郎の直次郎と、現代歌舞伎の高水準を示すラインナップで、夜の部は実に充実したものであった。昼の部とのあまりの差にも驚く。