『女殺し油地獄』

kenboutei2009-03-16

神保町シアター。『女殺し油地獄』。堀川弘通監督、昭和32年東宝
扇雀時代の藤十郎が与兵衛、新珠三千代のお吉。与兵衛の父徳兵衛に、二代目鴈治郎
冒頭、既にお吉を殺して捕まり、馬に乗せられ市中引き回しにされる与兵衛の場面から始まる。不敵な表情を浮かべる扇雀の与兵衛に向かって、罵声を浴びせ、唾を吐きつける群衆。その夥しい群衆を俯瞰で撮るショットに迫力があり、当時の映画界の勢いをも感じさせるモブシーンであった。
野崎参りで、小菊をめぐり、喧嘩する与兵衛。誤って泥をかけてしまう侍には、岩井半四郎。さすがに、若殿の風格があって良い。
小菊役の藤乃高子が大変色っぽい。与兵衛と忍んで部屋でいちゃつく場面は、映画ならでは。
「河内屋内」、「豊島屋油店」と、原作通りに話は進むが、篠田監督の『心中天網島』とは違い、しっかりと映画的物語に仕立て直しているので、わかりやすく、全体的な完成度も高い。脚本は橋本忍
扇雀の与兵衛は、つり上がった眼に、欲求不満な若者の苛立ちがあり、それでいて、気弱な面も持ち合わせ、さすがに演技巧者で観る者を惹き付ける。鮮やかな黄緑色のラインが入った格子模様の着物も、派手好みなヤンキーみたいで、良かったと思う。
新珠三千代のお吉は、スレンダーな姿の中に、子持ち人妻の生活感と色気が滲み出て、予想以上に良かった。
与兵衛の妹おちかに香川京子文楽ではそれほど目立たない役だが、狐憑きの演技や与兵衛への意見など、結構見どころが多かった。
徳兵衛の鴈治郎が良いのはもちろん、母親役の三好栄子も嵌り役。
中井朝一のカラー映像は、色も鮮明に野崎参りや船遊びの賑やかさが活写され、とても素敵であったが、肝心の殺しの場になると、急にフィルム状態が悪くなり、セピア色になったのが残念。ただ、その色褪せた映像によって、死んで行く新珠三千代が、新東宝のホラー映画のようなエログロさを垣間見せていたのが、印象的ではあった。
的確なキャスティングとオーソドックスな演出で、実にわかりやすい物語になったのだが、そうなればなるほど、与兵衛の行動の理不尽さが目立ち、救いがなくなる。(まあこれは、文楽で観ても同じことだが。)
その救いのなさを、ラストの引き回しで与兵衛が一層開き直ることで強調していたのは、やり過ぎのように感じた。