『乱れ雲』

kenboutei2011-06-01

久しぶりの神保町シアター
今回は、司葉子芦川いづみ特集という、とてもチャーミングな企画で、特に司葉子の方は是非通いたかったのだが、諸般の事情で、今日のこの一本のみ。
未見の成瀬映画『乱れ雲』。言わずと知れた、成瀬監督の遺作。昭和42年。
米国栄転を目前とした通産官僚の夫(土屋嘉男)が、加山雄三の運転する車に轢かれて急死。未亡人となった司葉子と、加害者である加山雄三が、いつの間にか惹かれ合ってしまうという展開。
自動車事故に対する、今とは異なる社会的評価に驚く。加山雄三は、死亡事故を起こしたにもかかわらず、逮捕もされず、結局はパンクによる不可抗力として無罪となるのである。飲酒運転での接触事故でも数日間は拘束される現代とは、隔世の感がある。まあ、それだけ社会の自動車事故に対する目が厳しくなったということである。
遺族の感情もまた、現代よりよほど抑制的。犯人である加山雄三に対して、それほど取り乱さず、親族含めて冷静である。(こっちの方は、エキセントリックに被害者感情を煽る最近の風潮に比べると、よほど成熟しているようにも思うが、やはり自動車事故へのスタンスの変化と表裏の関係にあるのだろう。)
平成も20年以上が過ぎた今の我々の感情からすると、被害者遺族と加害者の関係はもっと厳しいものがあるはずなのだが、観る前からポスターやDVDのパッケージで、この二人が結ばれることはわかっているので、最初のうちは、かなり戸惑いつつ、スクリーンを見守っていた。
しかし、やがて共に青森に流れていった二人が打ち解け出してからは、すんなりドラマの世界に入り込めた。
メロドラマの中での司葉子は、とても新鮮かつ魅力的。成熟した大人の女の美しさを、十二分に堪能できる。
十和田湖デートの最中に体調を崩した加山雄三を宿で看病中、加山から手を握ってくれと言われた時の、戸惑いと優しさが同居した表情は、忘れがたい。また、山菜摘みの場面での、加山との最初のキスをした後の表情も。
十和田湖一泊デートから帰宅後、旅館の自室の窓を開ける場面での、光線の変化で変わる司葉子の美しさも素晴らしかった。成瀬映画でのカラー映像としては、『鰯雲』以上に綺麗であった。
ただ、司葉子は、意外に和服の着こなしが悪い。やはりワンピース姿が一番素敵。
加山雄三との旅館での一夜の後に別れがくるという展開は、『乱れる』と一緒。相手が同じ男での、高峰秀子司葉子の違いが興味深い。
もっとも、加山雄三はやはり加山雄三でしかなかった。
全体的に成瀬映画としての印象は薄いが、前半、事故後の司葉子を色々と世話していた藤木悠草笛光子夫婦が、後半は全く登場しなかったり、過剰に事を描かない省略手法などの成瀬演出は健在であった。
昔の青森の映像も貴重。(駅前にあった路地裏のような市場で、夜に怪しい女性に声を掛けられた記憶が突然蘇った。)コーヒーを乱暴に運ぶガサツなウエイトレスの表現は、東北人に失礼。
加山雄三の最初の恋人である浜美枝が、洗ったハンカチを窓ガラスに貼り付けて皺を伸ばす場面がずっと写っているのも、今となっては不思議な光景である。
武満徹のやや甘美なメロディも、印象に残る。
司葉子の実家の旅館を切り盛りしている森光子と、その愛人の加東大介が脇を固める。
ああ、それともうひとつ、「バッハッハーイ、ケーロヨーン!」が懐かしい。あの子供はオレだ。(そして、子供に向かってその言葉をおどけて言ってみせる司葉子のキュートさも、永遠に記憶されるだろう。)

乱れ雲 [DVD]

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