新橋3月歌舞伎 昼の部

kenboutei2011-03-06

歌右衛門十年祭追善興行。今日は昼の部のみ。ガラガラとまではいかないが、空席は目立つ。
恩讐の彼方に
久しぶりの虫干し狂言(←造語)。もちろん初見だが、あらすじを読むと、敵討ちの相手と一緒に洞窟を掘るという話で、むかし子供の頃に読んだ記憶がある。菊池寛の作品だったのか。(但し知っていたのは、洞窟の件だけで、前半の主殺しや悪妻の話は知らなかった。)
主役の松緑は、前半の中間市九郎よりも、僧了海になってからが良い。誠実さが滲み出ていて、周囲がありがたがるのも自然に受け入れられた。逆に言えば、不義密通の末に主人を殺し、その罪に苛まれながらも、一緒に逃げた女の言うままに悪事を働き、結局改心して僧になるという、前半の市九郎の複雑な心理描写は、最初から誠実一本槍に見えてしまうため、あまりうまく表現しきれていなかったとも言える。
松緑をそそのかす悪女、お弓が菊之助
幕が上がると、今にも主人に斬り殺されようとしている菊之助のお弓が、おびえた表情で、後ずさりしている。間男である松緑の市九郎が団蔵の主人を殺すと、菊之助はがらっと態度が変わるのだが、その変化が、やや不自然で硬い。二幕目の木曽街道の茶店で、さらにその悪女ぶりを発揮するわけだが、冷酷で胴欲な中に、どこかユーモラスな面があれば、もっと良かった。
親の仇である了海をようやく探し出すが、結局一緒に洞窟を掘ることになる中川実之助役に染五郎。さわやかな好青年。松緑とは良いバランスだが、本当は年齢差が欲しいところ。老け役の松緑は奮闘していたが、やはり同世代でこの芝居をするのは、学芸会じみてしまう。染五郎の相手だけを考えるなら、了海は幸四郎が一番しっくりくるのだろう。(国立劇場でのいつもの高麗屋ファミリー歌舞伎に、ちょうど良い芝居だったのかも。)
他に歌六、亀三郎、亀寿、芝のぶ。脇はなかなか良かった。
しかしながら、虫干しとはいえ、何故、今この芝居なのだろうか。
先代萩
歌右衛門追善ということで、魁春が初役で政岡。
一言でいうと、素っ気ない政岡。それが魁春の芸質なのかもしれないが、もう少し「熱」があっても良いのではないか。感情吐露に物足りなさを感じる。千松とのやりとりも、双方向の会話となっておらず、相手に構わず、一人だけで台詞を言っているように聴こえた。飯炊きも、女中が支度をしているよう。栄御前が帰ってからの花道は、わずかな含み笑い。ちょっと照れ気味のようにも見えた。その後のくどきも、平凡。それでいて、全体に下品にならないのも、これまた魁春の芸質。
栄御前は芝翫。今日は花道横、間近で芝翫の大きく立派な顔を観られたのだが、その顔に化粧むら、皺、しみが目立ち、ちょっと衝撃を受けた。歩き方もヨタヨタで、全体に気力を感じられなかった。先々月も途中休演したそうだし、芝翫をしっかり観ることができるのは、あといつまでなのだろうかと、今日は内心、本気でそう思った。
「床下」、仁木弾正は幸四郎。男之助の歌昇が新鮮。梅玉の八汐。松江の女形は、もう無理があるように思う。
『御所五郎蔵』
珍しい菊吉での五郎蔵と土右衛門。最初から最後まで、眠気がおさまらず、うとうとしながら観ていたが(この演目は、いつもそうだ)、朧げに聴こえてくる菊五郎吉右衛門の対決は、どことなく陶酔感があって気持ち良い。よって、ますます眠くなる(?)。福助の皐月、菊之助の逢州、両傾城も綺麗で、芝雀の甲屋女房もまずまず良かった。たぶん、完成度としては昼の部一番だったと思うが、それももしかしたら夢だったのかもしれない。