『東京おにぎり娘』

kenboutei2010-08-23

神保町シアター。田中重雄監督、若尾文子主演の『東京おにぎり娘』を観る。
まず、タイトルが素晴らしい。「東京おにぎり娘」。
昔から、映画や芸能界には「◯◯娘」は多く、「かしまし娘」やら「青空娘」やら「ジャンケン娘」、近いところでは「モーニング娘。」などもあり、少々の娘には驚きはしないと思っていたが、「おにぎり娘」、しかも頭に「東京」がついて、「東京おにぎり娘」とは、なんともぶっ飛んだネーミングである。(「東京」とつくことがとても重要。)
その「娘」に若尾文子が扮するのだから、もうこの段階で、勝負ありである。
新橋界隈で、流行に遅れ、客もほとんど来ないテーラーを頑固に守る、「大阪生まれの江戸っ子」(とはいえ大阪弁しか喋らない)中村鴈治郎。借金も嵩み、生活は四苦八苦ながら、不動産屋の八波むと志から店の売却を持ちかけられても断固として拒んでいる。一方、一人娘の若尾文子は、冷静に現実を見つめ、父親と喧嘩別れした弟子の川崎敬三から秘かに資金を援助してもらい、鴈治郎テーラーを二階に追いやり、店をおにぎり屋に改造、自ら看板娘として大繁盛となる。
「東京おにぎり娘」の誕生の過程で、若尾文子川口浩川崎敬三の三角関係に、鴈治郎の隠し子である叶順子や、一方的に若尾文子に惚れてる近所のジェリー藤尾鴈治郎の昔の客で、やはり若尾目当てで店に来る伊藤雄之助らが絡む。鴈治郎鴈治郎で、結婚する度に夫と死別している未亡人の藤間紫と良い関係にある。また、若尾文子の結婚やおにぎり店開店に色々口を挟んで混乱させる親戚の沢村貞子も楽しい。
典型的で健全なプログラムピクチャー。大映映画という感じがしなかった。出演者がみな善人で、安心して観ていられる。単調なカメラワークも、こういう映画ではかえって良い。
どこかの偉い社長で、若尾文子会いたさに、鴈治郎の古いセンスの背広を無理して仕立てもらったり、わざわざ黒塗りのタクシーでおにぎり屋に通う伊藤雄之助の、とぼけたキザぶりが、とても面白い。
テレビで家族共演していた頃はあまり好きではなかったジェリー藤尾も、この映画では憎めない。
もちろん、若尾文子の魅力も満載。あえてプロポーズしたのに、川口浩に断られた時の表情の変化が素敵であった。黄八丈姿も可愛らしい。増村映画や溝口映画の若尾文子も良いけれど、こういうホンワカとしたコメディの中の若尾文子もとてもチャーミングで、若尾文子の映画としては、この作品も欠かせない一本になりそうだ。(但し、実質的には、中村鴈治郎の映画であったとも言えるが。)
昭和36年の作品で、当時の新橋、新宿の情景が描かれているのも楽しい。
八波むと志の登場で客席から笑いが起こる。こういう空間で映画を観られるのも、とても心地良かった。