正月歌舞伎座・夜の部初日

kenboutei2010-01-02

雀右衛門が久しぶりに出るということで、初日(しかも一等)を買ったのだが・・・。
『春の寿』20分程度の舞踊。筋書を読むと、雀右衛門は女帝として後から出てくるらしい。最初は、梅玉福助が、適当に踊っている。
さて、いよいよ舞台中央がセリ上がってくる。
友右衛門やその子供やらに囲まれて、真ん中に鎮座しているのは・・・魁春であった。
確か魁春はこの幕には出てなかったはずだよなあ(というより、出ているのは昼の部だけだ。)と思いつつ、女帝は他にいるのだろうかと舞台を探すが、雀右衛門らしき姿はどこにもない。
福助梅玉も友右衛門も、皆魁春に深々と頭を下げている場面を観て、ようやく雀右衛門休演の現実を受け止めた。
魁春は終始座ったまま、上半身しか動かさない。おそらく雀右衛門用の振り付けだったのだろう。
雀右衛門を観るためだけの幕である。これ以上、書いても無駄だ。
『車引』芝翫の桜丸、吉右衛門の梅王、幸四郎の松王、富十郎の時平。
幕間も雀右衛門休演ショックを引きずったままであったが、芝翫の桜丸と吉右衛門の梅王が出てきた途端、そんなことは吹っ飛んだ。
笠を被ったままなのに、二人の会話だけで、ここのところ久しく感じていなかった、懐かしい古典歌舞伎の匂いがしてきた。
吉右衛門の梅王丸の力強く、荒削りな発声。そして芝翫の桜丸の、80歳を超えているとは思えない程の、若々しい声の響き。幕開きほんの数分で、大歌舞伎の雰囲気が漂う。また、雰囲気だけではなく、この二人のたっぷりとした会話の中で、菅相丞失脚と梅王と桜丸が何故ここへ来たのかということも、よく伝わってきて納得させられるものがあった。(芝翫は、多少プロンプに頼っていたが。)
いよいよ笠を上げ、顔を見せる。芝翫の顔の大きさ。吉右衛門隈取りの立派さ。二人が型になった時の美しさ。もうこれだけで満足である。
一度花道を引っ込んで、再び駆け戻る。荒々しくドタドタと走る吉右衛門の後ろから、芝翫も必死についていく姿には、胸打たれるものがあった。
吉右衛門の梅王を観るのは初めて。これだけ立派だと、松王の幸四郎も形無しの感がある。隈取りの立派さだけではなく、手を十字にして、足をぐっと踏み込んだ時の低い体勢は、吉右衛門の半分くらいしかない大きさの芝翫よりも更に低い姿勢であり、吉右衛門にとっては非常に窮屈であろうが、観た目の形は、本当に見事なものであった。
芝翫の桜丸は、柔らか味に乏しく、剥き隈はゴツゴツした印象、動きもさぐりさぐりであり、この年での初役であることからも、本来この役はニンではないと思うのだが、そうであっても、芝翫の身体全体から発せられる古怪な雰囲気は、誰にも真似できるものではないだろう。黙っている時に目をキョロキョロしたり、衣装を直したりと、相変わらずの部分もあるのだが、年代記ものの桜丸であることは間違いない。
これに加えて、富十郎の時平が凄い。藍隈を取らないやり方は初めて観るが、時平の気位と迫力がリアルに伝わってくる。隈を取らなくても、これだけ凄みを出せるのは、富十郎だけであろう。梅王・桜丸兄弟が襲いかかろうとしても、ひと睨みで相手を威圧させる迫力に加え、着物の袖をうまく使っての型も素晴らしい。
松王の幸四郎、杉王の錦之助を含め、近年、これだけ絵になる『車引』は観たことがない。常々思っていることだが、「歌舞伎は絵」であることを再認識させてくれる、素敵な舞台で、目が洗われる思いであった。ようやく、「さよなら歌舞伎座」に相応しい、大舞台を観た。
前後するが、金棒引の錦吾も良かった。(『車引』で金棒引を意識したのは、今回が初めて。)
京鹿子娘道成寺勘三郎の花子を観るのは襲名以来だが、襲名時から比べると、落ち着きと柔らか味が増したような気がする。特に道行の花道での所作が、自信に満ち溢れたような動きで強く印象に残る。
他には、羯鼓の撥捌きが良かった。ここはいつも適当に撥を打っているようで、あまり感銘を受けないところなのだが、今日の勘三郎はしっかりと打っていて、また、その打ちっぷりも鮮やかであった。
舞台に入っての坊主との問答では、声がしゃがれて、いつも以上にハイトーンになっていた。
押し戻しがあるせいかもしれないが、全体的には少しあっさりした感じにも思えた。
その押し戻しは、襲名時と同じ、團十郎。先月はゾンビにあっさり殺されてしまった五郎だが、今月の團十郎は、さすがの存在感。勘三郎の蛇体も立派で、二人が花道に揃うところは、『車引』の芝翫吉右衛門に負けないくらい、絵になっていた。
小山三が坊主姿で烏帽子を渡す。声もはっきり。まだまだ元気で何より。(雀右衛門と同い年なんだよな・・・。)
『切られ与三』染五郎の与三郎、福助のお富。勘三郎の『道成寺』から『切られ与三』の流れは、勘三郎襲名興行と全く同じ。
「見染」は二人とも良くない。特に福助のお富が、与三郎に対し、過度に色目を使い過ぎ、この場が台無しとなった。染五郎の羽織落としは、落とすタイミングが少し早かったように思う。錦之助の鳶頭金五郎。
「源氏店」は、逆に二人とも良かった。福助は、お富のあだっぽいところが良く出ている。染五郎の方は、頬かぶり姿が実にすっきりとしていて、こんなに美しい染五郎は初めて観る思いであった。与三郎としては、まさにニンであると思った。ただ、台詞になると、少しつまらなくなる。
蝙蝠安は彌十郎。手堅いが、もう少し卑屈な厭らしさがあっても良かった。頬の刺青の蝙蝠が、バットマンのデザインみたいだった。
歌六の多左衛門がうまい。
錦吾の藤八。
芝のぶが「見染」で雇女お丸。砥の粉顔はちょっと気の毒。
 
・・・幕間にロビーへ。東側の来月のポスターなどを貼ってある掲示板のところに、雀右衛門休演の貼り紙があった。貼り紙といっても、ポスター仕様にきちんと印刷されたもので、突然用意したものとはとても思えない。中身も「本日休演」とあり、日付はどこにもない、明日も明後日も使い回せる書き方。想像するに、初日から休演することは、かなり前からわかっていたのではないだろうか。
それなのに、公式ウェブサイトにも休演情報を載せていないのは、いかに商売とはいえ、やり方がえげつないぞ、松竹。