『ひき逃げ』

神保町シアターの成瀬特集で、『ひき逃げ』。昭和41年作。
自動車(二輪車)メーカーの重役の妻が、不倫中の男とドライブしている時に、道路に飛び出した子供を誤って轢いてしまうが、動揺してそのまま逃走。帰宅後、不倫相手のことは伏せ、子供を轢いたことだけ夫に告白。自分の会社に影響することを恐れた夫は、お抱えの運転手を身代わりに自首させる。轢かれた子供はそのまま死んでしまうが、会社はその母親と示談も済ませ、これで何とか収束しかかる。しかし、目撃者の話を偶然聞いて、女性が運転していたことを知った母親は、自ら家政婦になって重役宅に入り込み、真相を確かめた上、同じ年頃の夫人の子供を殺そうとする・・・。
何だかテレビの『家政婦は見た』と『赤いシリーズ』の大映ドラマを足して2で割ったような映画。最後はきっちりオチもつく。
子供を殺された母親に高峰秀子、轢いてしまった夫人に司葉子司葉子の旦那が小沢栄太郎、不倫相手は中山仁。他に賀原夏子高峰秀子の弟役で、黒沢年男
オープニングのタイトルロールもなく、いきなりドラマはスタート。ハイコントラストの白黒画像に、極端なアップ。時折挿入される幻想シーンやガラス越し風に映し出される回想シーン、不安定なカメラの動き等々、これまで観てきた成瀬監督の肌合いとは明らかに異なる。
既に60年代も半ば、日本映画の黄金期はとうに過ぎ、映画の斜陽と撮影所システムの崩壊という時代の流れが、よくわかる映画でもあった。
ラスト近く、司葉子と子供を殺そうと部屋に忍び込んで、中の異変に気がついた時の高峰秀子の、顔がみるみる歪んでいく様子が凄い。目が飛び出るかと思った。
司葉子は、この時期だと皺も目につくようになっている(何しろ子持ち役だ)のだが、まだどアップにも耐えられる。(そういえば、この前歌舞伎座で見かけた時は、貫禄十分だったなあ。)
何不自由ない大会社の重役夫人と、元売春婦で夫を失い、一人息子を中華食堂で働きながら育ててきた母親との、貧富の差が生み出す怨恨や、後半の刑事の取り調べの演出などは、黒澤の『天国と地獄』の影響が見られると思った。