『マイナス・ゼロ』と『ツィス』

正月の帰省時から広瀬正の復刻文庫を読み出し、現時点で2冊読了。

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

マイナス・ゼロ (集英社文庫)

タイムトラベルものだが、舞台が東京で、昭和10年頃の銀座周辺を中心に、その描写が素晴らしい。当時のことなど何も知らない自分も、ノスタルジーを感じてしまうのは、最近の『ALWAYS 三丁目の夕日』現象に似ているのかも。(といっても、その映画もまだ観てないが。)
昭和20年から18年後の昭和38年にタイムトラベルしてきたヒロイン・啓子が、テレビで花柳章太郎を見て、「花柳章太郎、ずいぶん太ったわね。」と言うところが、面白かった。他にも啓子は、相撲中継で大鵬のことを、ディアナ・ダービンに似ている、と言ったりする。大鵬ディアナ・ダービンなんて、思いもつかない組み合わせだと思ったが、確かに若い頃の大鵬は細面の色白美青年で、ちょっと『オーケストラの少女』に似ているような気もしてきた。
タイムトラベルもので、過去の人間が現代に来て戸惑うというのは、現代から過去への逆の時間旅行より、風刺が効きやすい。江戸時代の庶民が、今の銀座を歩き、歌舞伎座で歌舞伎を観たら何て言うのだろうと、ついつい夢想してしまう。
戦前戦後の銀座界隈の描写や、クラシック・カーへの愛着など、作者のこだわりが存分に表現されており、言わば「大人の趣味」的小説で、そういう意味では、SFに夢中だった中高生時に読んでいたとしても、この作品の楽しさは理解できなかったであろう。
今の自分の年齢で読んでこそ、深く味わえる小説であった。(啓子と主人公の関係も含めて。)
  
ツィス 広瀬正・小説全集・2 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

ツィス 広瀬正・小説全集・2 (広瀬正・小説全集) (集英社文庫)

首都圏に謎の音(二点嬰ハ音=ツィス)が響き出し、その音はだんだん大きくなって生活を脅かし、ついには東京からの疎開にまで発展する、静かな(うるさい?)パニック小説。
人間の感覚の、正常と異常の境を問い掛けているような最後のオチは、異論もあるところではあるが、観念的な実験小説としては、これで良かったのだと思う。