『淑女は何を忘れたか』

kenboutei2009-01-12

三連休の最終日は、ようやく家で一日中のんびりできた。夕方プールで初泳ぎ、夕食後、初DVD。
恒例の小津映画。(実は今年最初の映画はガメラに譲ってしまったのだが。)
戦後の小津映画で、唯一まだ観ていない『宗方姉妹』にしようと思ったが、ボックスには収録されていなかった。それもそのはず、『宗方姉妹』は東宝映画、松竹のボックスには入っているはずもない。単品で買ってもいなかった。(大映の『浮草』は手に入れているのだけれど。)
で、戦前の作品から、『淑女は何を忘れたか』を選択。
妻に頭の上がらない夫が、大阪から上京してきた姪の影響もあって、日課のゴルフを妻に内緒でさぼるなどの反乱を試みるが、結局バレる。ガミガミと追求された時、妻の頬をぶつが、逆にそのことで、冷えきっていた夫婦間に新たな親愛が生まれる・・・。
戦後に作られた『お茶漬けの味』にも通じる夫婦の物語で、かつ、有閑マダムもの。
冒頭、高級車から降りる毛皮のマフラーをした婦人が、飯田蝶子(「牛込の奥様」)。車を運転している紳士が坂本武。当時の観客は、二人のこれまでの小津作品からは全く真逆の役設定に、このシーンだけで、きっと笑いが起こったのではないだろうか。子役の突貫小僧が、頭のいい役で、家庭教師の大学生(佐野周二)も手こずる算数を簡単に解いてみせるのも、役者のイメージを逆手にとった演出。
主役の夫婦は、斉藤達雄と栗島すみ子。栗島すみ子は、当時の人気スターだったそうだが、眼鏡をかけてキンキンと頭にひびくような声を出すヒステリックな妻役は、生理的に全く受け付けられなかった。ただ、夫にぶたれた後、急に態度が変わり、夜、夫にコーヒーを勧め、「今から飲んで寝られるかな」と心配する夫に、それまでの固い口調から急に砕けて「寝られるわよ〜」と猫撫で声になるのが印象的。この後、まんざらでもなさそうな感じでもの思いにふける斉藤達雄が、右の手首を左手で掻き出す仕種がおかしい。
ラストは、時計の鐘の音に合わせ、部屋の明かりも一つずつ消えていき、奥にいる旦那がうろうろして、その夜に備えるところで終わる。何とも微笑ましい、家庭映画でもあった。
ただ、この映画の真の主役は、大阪の姪を演じた桑野通子だろう。
スラッと伸びた肢体に、洋装がよく似合う。同じく長身の斉藤達雄とコート姿で並んで歩く場面は、実にスタイリッシュで素敵。顔自体は和風なのだが、明るく快活で、ぶっきらぼうな男っぽい口調、煙草も平気で吸う(腰に手をあてて吸う形の格好良さ!)など、日本人離れした行動スタイルが開放的で気持ち良い。
そして、この桑野通子の役柄は、この後の小津映画のヒロインの原型でもある。
子供と地球儀で戯れる(からかう)場面は、原節子にも似たような場面があったし、大阪弁を駆使して主人公の言えない本音を暴いてみせるのは、ほとんど『彼岸花』の山本富士子と同じである。
特に、小津映画における原節子のイメージは、この桑野通子にあったのだと思う。原節子は、戦後まもなく30代で早逝してしまった彼女の、代替だったのかもれない。そう考えると、もし彼女が長く生きていたなら、その後の小津映画は、少し違った色になっていただろう。
桑野みゆきは、彼女の娘だったのかあ。
(もっと桑野通子のことを知りたいと思って、ググッたところ、検索結果のトップに、「永遠の桑野通子」というサイトがあった。充実した内容。)
上原謙が本人役(クレジットでは「大船のスター」)で、歌舞伎座見物している場面があったが、登場はこのシーンだけで唐突感あり。(上記のサイトを読むと、桑野通子と上原謙は「あいあいコンビ」として売り出していたそうだから、その関係での出演かも。また、二人のスチール写真もあり、もしかしたらカットされたか、失われたフィルムがあるのかもしれない。)
歌舞伎座(映画は昭和12年なので、三代目の歌舞伎座である。)では、舞台は出てこなかったが、台詞を聴くと、不破と名古屋の『鞘当』らしきものがかかっていたようだ。名古屋山三の声は十五代目羽左衛門のような気がする。(調べてみると、昭和11年4月の歌舞伎座で、『鞘当』がかかっており、羽左衛門も一座している。)
当時の歌舞伎座の場内への扉には、覗き窓が付いていたようだ。(そこから飯田蝶子上原謙を探すのである。)
中野翠の『小津ごのみ』で、結構取り上げられていた映画でもあり、合わせて読み直すとまた楽しい。

小津安二郎 DVD-BOX 第三集

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この機会に、『宗方姉妹』を注文。
宗方姉妹 [DVD]

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