十一月新橋演舞場 昼夜通し

kenboutei2008-11-01

新橋演舞場の十一月、花形歌舞伎公演、初日。
昼の部
『伊勢音頭恋寝刃』海老蔵初役の福岡貢。いつもの「油屋」の前に、序幕として「相の山」「宿屋」「地蔵前」「二見ヶ浦」がつく。この中では、「二見ヶ浦」が面白い。獅童の奴が活躍。門之助の万次郎も、この場でようやく浮世離れした鷹揚さが滲み出る。海老蔵も絡んだだんまりは、もう少し長く観たかった。脇の新蔵、新十郎が手堅くて良い。
海老蔵の貢は柿色の着物。ちょっと野暮ったい。右之助の藤浪左膳が、手強い。
海老蔵と門之助が客席通路を歩くサービスあり。
「油屋」と「奥庭」。海老蔵の貢、すっきりしているところは、祖父の風貌にも似て非常に良い。まさにニン。しかし、殺しの場が、おかしい。海老蔵は、刀の魔力に取り憑かれ、まさに夢遊病者のように、目も虚ろに、人を斬っていく。手が勝手に刀を振り回しているだけで、表情は全くないに等しい。これでは、殺人の描写も面白くないし、観ているこちらも同じく虚ろな気持ちになってしまう。ロボットではないのだから、たとえ妖刀に操られていたとしても、生身の人間の魅力を出してほしかった。役作りとして、この表現では観客は酔えない。
何かにつけ、眉毛を動かし過ぎるのも、非常にうるさい。
笑三郎のお紺は、印象が薄い。普段は出ない序幕があった分、二幕目から登場することになるお紺は、損したかもしれない。
お鹿は猿弥。素に戻る「え?」など、ちょっと滑稽すぎる。
上村吉弥の万野は、なかなかうまいキャスティングだったと思う。その容貌から、海老蔵とのツーショットは、十一代目團十郎と我童のコンビを想像させた。(そういう関係ではないと思うが。) ただ、ちょっと意地悪が強い部分があり、貢に煙管の煙を吹きかけるところなどは、露骨で、後味が悪かった。
愛之助の喜助、宗之助のお岸。
海老蔵に対し、場違いな拍手や、「日本一!」「ヨッ!」という掛け声を掛ける奇客(女性)が近くにいて、閉口した。

吉野山菊之助静御前松緑の忠信。『伊勢音頭』でお紺が出た時、何故菊之助ではないのだろう、と不満に思っていたのだが、こっちの静御前で正解だった。
実に美しい。先月の歌舞伎座で、玉三郎の八重垣姫を観て、吹輪の赤姫は玉三郎だなあと思ったばかりなのだが、どうしてどうして、菊之助も負けてはいなかった。
菊之助の魅力の一つである、口元に微笑みを携える、アルカイック・スマイルに、最近は色気が宿るようになった。
松緑の忠信も、まずまず。すっぽんから出て来た時の顔が、ようやく大人の顔に見えてきた。踊りもしっかりしており、先月の「奴道成寺」とは大違い。
亀三郎が逸見藤太で登場。意外な配役で、最初出て来た時は、すぐにはわからなかった。ちょっと顔がふっくらしていたなあ。口跡は相変わらず良い。
 
夜の部
伽羅先代萩菊之助が、大役政岡に、初役で挑む。「竹の間」付きの「飯炊き」抜きは、2年前の歌舞伎座で、菊五郎がやった時と同じ。
菊之助の政岡は、初役とは思えない、しっかりした出来栄え。楷書の演技で、まずは及第点。「竹の間」では、じっと耐えていて、しどころも少なかったが、「御殿」になると、政岡らしい品位があって、案外こういう役にも可能性が見出されることに、ちょっとした驚きと喜びを感じた。数をこなせば、父・菊五郎よりも良い政岡になるだろう。菊之助の場合、今日は省略された、飯炊きを是非観てみたい。
まだ母親としての情愛は薄いので、千松が殺されてからのくどきは、それほど感動しないが、「まことに国の礎ぞや」のところで両手をかざす、その形が非常に美しく、惚れ惚れした。他にも、着崩した打掛を着直す時の仕種などに、はっとさせる手強さがあった。
そして、海老蔵の仁木弾正。これは実に凄み満点の、近年比類なき仁木である。仁木も初役であるにもかかわらず、既に何年も演じているかのような、もはや海老蔵以外では考えられないくらい、ニンにぴったりと嵌ったものであった。
すっぽんから出て来てから、全く無言のまま、鋭い眼光で睥睨する。その力に圧倒される。花道の引っ込みだけで、場を震撼させる力。この数分だけは、團十郎仁左衛門富十郎も敵わないと思った。今の歌舞伎座が壊される前に、海老蔵の「床下」の仁木弾正は、何としても出してほしい。そうでなければ、歌舞伎の歴史は一つの伝説を欠いたままになるだろう。
「対決・刃傷」になっても、海老蔵の仁木は、凄みも大きさも変わらなかった。「刃傷」で外記を追い込む目つきは、完全にイっちゃていた。こういう狂気が海老蔵の魅力である。(昼の貢もそうあってほしかった。)
八汐は愛之助で、これも仁左衛門のをよく写し取っているだけでなく、愛之助自身の魅力も出ていたと思う。(今日はロビーに、秀太郎がいた。)
門之助の沖の井が、非常に良い出来で、「竹の間」で八汐を追い詰めるところが気持ち良い。
吉弥の松島はまずまず。
升寿の小槙が、渋い。
「花水橋」での頼兼に、亀三郎。これまた意外で、驚いた。遊蕩気分に欠けるのは仕方がないが、おっとりとした殿様の品は感じられた。
男女蔵の谷蔵は、大きくて良い。
獅童の男之助は、形が悪い。
勝元は松緑だったが、どなっているだけ。海老蔵・仁木との「対決」は、完全に海老蔵に軍配。
家橘の山名宗全は、『忠臣蔵』の口上人形のようだった。
右之助の栄御前は、昼に続くヒット。
外記は男女蔵
初日にもかかわらず、どの役者も全力投球を感じさせる、充実した舞台であった。文句なく昼夜通じて一番の出来。(番組立てとしても、そうなるのが当然だろうが。)
『龍虎』愛之助の龍、獅童の虎。踊りともいえない、つまらない舞台。時間の無駄だった。途中で二人とも変な隈取りをして、その隈がテカテカと不自然に光るので、テープみたいだなあと思っていたら、最後にそれほど時間をかけずに元の顔に戻ったので、やはりテープの隈取りだったのだろう。まあ、そんなことより、踊りがつまらないのが致命的。毛振りをやればいいってものではない。