『わが魂は輝く水なり 源平北越流誌』

kenboutei2008-05-26

渋谷のシアター・コクーンで、清水邦夫作、蜷川幸雄演出の『わが魂は輝く水なり』。会社帰りの午後七時の回。
普段は、歌舞伎や文楽で手一杯で、現代劇は殆ど観に行かないのだが、尾上菊之助に加え、坂東亀三郎が出演するとあって、少し興味がわき、ネットで調べると空席があったので、チケット購入。歌舞伎でも馴染み深い斎藤実盛の話ということで、割合とっつきやすいだろうという思いもあった。
事前にネットで得た情報やプログラムから、この清水邦夫の戯曲が、木曾義仲軍を連合赤軍に見立てていることはわかっていたので、話が進むにつれて明らかになっていく、永田洋子(=巴御前)の存在が面白かった。また、本来はリーダーであるはずの、木曾義仲その人が舞台に登場しないのも、何だか象徴的であった。
当初は純粋で無垢な若者の集まりであったのが、徐々に惨い現実にさらされて変質していくにもかかわらず、当初の理想郷のイメージを持ち続けて年老いて行く斎藤実盛。敵味方に別れても、過去のピュアな体験にとらわれていることが、現実との齟齬をきたし、また、二人の息子との対立や和解に繋がっていることも興味深かった。
理想と現実の対立は、同時に世代間の対立でもあり、思想の対立でもある。そうした幾つかの対立のフェイズを、源平の対立構図の中で、その両者を行き来した実盛を仲介として浮き彫りにしてみせた戯曲と演出は、よく練られているものだと思った。
実盛役は野村萬斎。しかしこの老け役は無理があった。技術として見事に「老け」は演じていたが、どうしても作られた感は否めず、それがさらに最後は若作りする設定であるところも、二重に無理が生じていた。台詞や笑い方で老人風に見せるのは立派だが、現代劇の芝居では少し大袈裟になる。(器用なところは、亀治郎に似ていると思った。)初演は宇野重吉だったそうだが、まあ、そういう役者の演じるべき役である。
実盛の長男・五郎に菊之助。亡霊という設定なので、幽玄的な拵え。その長髪が美しかった。蜷川演出も自然にこなしており、歌舞伎臭さを全く感じさせなかったのはエラい。
次男・六郎に期待の亀三郎。熱演は評価したいが、亀三郎なりの個性は見えなかったのが残念。しかし、この貴重な経験を、今後の歌舞伎の舞台で是非生かしてほしいものだ。
終わり近くで、実盛が若作りしようと顔を白く塗るところで、菊之助が化粧を手伝う場面は、楽屋落ちの台詞でも言うのかなと期待していたのだが、そんなことはなかった。(菊五郎劇団の芝居ではないしね。)
それにしても、渋谷を歩く若者の格好は、まるで異世界に来たようだ。実盛のように若作りして対抗しようとする気にさえなれない。(髪を黒くし、顔を白くするだけでは、とても間に合わないし。)