四大浮世絵師展

kenboutei2008-05-01

東京駅の大丸でやっていた、『四大浮世絵師展』へ。近所の大丸直営のスーパーでチラシを見て知る。そこに置いてあった割引券を使って700円。
浮世絵収集家で、国際浮世絵学会の常任理事である中右瑛氏の、個人コレクションの展示会。個人で写楽をはじめ、これだけの所蔵があるとは、凄い。羨ましい。ネットで調べてみると、このコレクションで色々巡回展示している模様()。かつて自分が観に行った、『大写楽展』や『歌舞伎絵展』の中にも、中右コレクションが結構あったことも、改めて当時の図録を確認してわかった。
写楽歌麿北斎、広重を四大浮世絵師とするのは、集客上の戦略としては仕方がないとは思うが、こういうレッテルによって、豊国や国貞、春信、清長、春章、春好など、他の絵師の存在が軽んじられてしまうのは残念。特に、今回の展示では、やや軽めな作品解説に加えて、「写楽のそっくりさん」というコーナーで、豊国や歌舞伎堂艶鏡を紹介してしまっているのは、かなり乱暴であると思った。まあ、有名どころの絵師を使った、浮世絵入門展示としては良い企画だし、自分も初めて見る絵もあって、十分楽しめたが。
印象に残ったのは、まず写楽では、中島和田右衛門と中村比蔵の二人絵の、特に、中村比蔵の顔の表情に惹かれた。写楽の第一期大首絵の個性豊かな顔の表情は今更言うまでもないが、改めてこの此蔵を眺めると、実に味わい深くて、飽くことがない。じーっと見ていて、誰かに似ているなあと思ったが、今『蔦姫』に出演している、江守徹にそっくりであった。(そういえば、池田満寿夫は、他の役者絵以上にリアルに描いているという理由で、此蔵が写楽であるとし、この絵は自画像だとする説を唱えたそうだが、その気持ちもわからなくはないなと思った。)
どんな芸術でもそうだが、やはり実物に接するのが一番。写楽の絵も、月代の色の変化や、目元口元の隈取り、無精髭などの細かい描写は、写真やレプリカではなく、本物を近くでじっくり観ることで、(それが多少色褪せていたとしても)リアリティを感じることができる。今日の写楽では、尾上松也の松下造酒之進にそれを感じた。
また、四代目松本幸四郎の肴屋五郎兵衛は、その小さめの目の奥に、四代目幸四郎の底意地の悪さを感じ取り、どこかの地権者と会っているような気持ちにさせた。
歌麿については、これまであまり興味がなくて観る機会も少なかったが、今日まとめて鑑賞すると、さすがに面白い。個人的に良かったのは、「教訓親の目鏡」シリーズの、「俗ニ云ぐうたら兵衛」の女性。寝起きで乱れたままの髪で、口を濯いでいる、その頬の脹らみが何とも艶っぽい。
北斎は、最近観る機会が多いのだが、春朗時代に描かれた、團十郎の由良助を観ることができて良かった。天明期で、目尻に皺がないので、これは五代目だろう。六歌仙の文字絵も面白かった。
広重では、役者絵の七代目團十郎(当時海老蔵)と三代目菊五郎の、曽我対面の二枚続や、團十郎、菊之丞の明烏の見立絵が興味深い。歌川門下だけに、豊国の絵によく似ている。
また、肉筆画の團十郎の暫も、墨線の空白によって素襖の三升を表現する軽妙洒脱なデッサンが素晴らしい。
・・・と、まあ二時間以上、たっぷりと四大浮世絵師の錦絵を味わったのだが、最も印象に残ったのは、皮肉にも、「写楽のそっくりさん」コーナーにあった、豊国の宗十郎の由良助と、国政の中村野塩の桜丸、そして歌舞伎堂艶鏡の市川八百蔵である。この三点の実物をじっくり鑑賞できたのが、今日の最大の収穫であった。(何を目的に観にきたのだろう?)
豊国の宗十郎は、写楽の同じ役者・同じ役(写楽の方の役名は大岸蔵人だが、由良助の原型なので基本的には同役である。)と比べても、遜色ないどころか、動きのある目の表情や勢いのある顔の向きなど、むしろ写楽よりも優れていると感じる。
また、国政の中村野塩は、その目と口元の色気が何とも言えない。野塩は歌麿の展示にあった団扇絵もなかなか美しいが、ここまで色気があるのは、自分はまだ見たことがない。(今回展示にはないが、写楽の描く野塩は、結構醜い。) 国政の野塩を観ていると、今の役者なら、中村芝のぶがイメージされる。芝のぶの桜丸なんて、一度観てみたいものだ。(こういう夢想が、役者絵を観る楽しみでもある。)
艶鏡の八百蔵は、解説にもあったが、眼と瞳の色分けが魅力。じっと見入っていると、催眠術にかかりそうな感じになる。
・・・四大浮世絵師もいいが、こういう絵をもっと紹介してほしい。・・・と、思ったら、別のコレクションの展示(中右コレクション「幕末浮世絵展」)もやっていた。一体、どれだけの所蔵があるのだろう?