出張中の読書で

東京へ帰る飛行機の中で、戸板康二の中村雅楽シリーズ第3巻『目黒の狂女』の一編、『楽屋の蟹』を読んでいたら、こんな一節があった。

一月四日の昼の「三代記」がおわって、(中略)私は楽屋に高蔵を訪ねた。
(略)
「佐々木は、東京ではあまりしない型で、やってみたんですが、どうです。竹野先生も、はじめてではありませんか」
高蔵は心もち上方なまりの、しずかな調子で、私に尋ねた。
「おもしろいですね、仁王だすきで井戸から出て来る佐々木は、おっしゃる通り、はじめてです」

まさに今月の歌舞伎座三津五郎がやった、芝翫型の話なのであり、そこを読み合わせたタイミングに驚いた。
今月の舞台を観ていなかったら、また、それに感心していなかったら、素通りするところであった。
このシリーズは、歌舞伎を知れば知る程、面白味が増すことを改めて知るとともに、戸板康二の知識の豊富さにも再敬服。
しばらく時を置いて、第1巻から読み直すと、また必ず新たな発見があるだろう。(まあ、読書の楽しみとはそういうものだが、実は、あまり再読をしない性格なので・・・)
それにしても、何と言う偶然の巡り合わせだろう。
ちょっと、出張の疲れを忘れた瞬間であった。

『楽屋の蟹』は、中村雅楽の意外な過去がさりげなく描かれた、シリーズでも少し異色の趣きがある佳品で、自分は好きだ。