『ある映画監督の生涯』

kenboutei2006-12-19

新藤兼人監督の、溝口健二に関するドキュメンタリー。BS放送の録画。
溝口監督をめぐる、ゆかりのスタッフや俳優へのインタビューで構成したドキュメンタリー。
伊藤大輔増村保造や、永田雅一依田義賢宮川一夫など、錚々たる映画人の、今では貴重な映像を観ているだけで面白い。
刃傷事件、入江たか子との確執、妻の発狂、田中絹代への恋慕などについても、様々な証言を収録していて非常に興味深いのだが、それらエピソードを知っていなければ、わかりにくいインタビューであることは確か。
個人的に面白かったのは、まず入江たか子。『楊貴妃』で降板した話も慎重に言葉を選びながら話しているが、神経質そうな、落ち着きのない目の動きが、溝口健二に対しての複雑な感情を表しているような気がしてならない。
『雪夫人絵図』であれだけ妖艶だった小暮実千代の映像は、「あの人は今」的な感慨を持たせる。
『残菊物語』の森赫子は、何故か黒いサングラスをかけていた。
中村鴈治郎進藤英太郎、小澤栄太郎らの生の声も嬉しいし(先代鴈治郎の顔の表情、特に目の演技は一見の価値あり。)、浦辺粂子山田五十鈴京マチ子若尾文子香川京子ら女優陣の、芝居とはひと味違う一面を観られるのも嬉しい。ただ、音羽信子へのインタビューだけは、新藤兼人自身の妻であるだけに、ぎこちなかった。(聞き手の新藤監督の方が。)
唯一残念だったのは、前進座の役者へのインタビューがなかったこと。製作年の昭和50年は、すでに長十郎は離脱していたから、その辺も影響していたのだろうか。
圧巻は、田中絹代へのインタビュー。田中絹代が当時何歳だったのかは知らないが、老齢になってもなお、若い頃と変わりない童顔で、落ち着きすぎる話し振りも同じであることに驚くとともに、新藤監督に、「溝口は田中さんを好きだったのではないか」と直裁に聞かれた時の、ちょっとムキになった反応が実に良かった。
ただ、このドキュメンタリー映画は、新藤兼人が持っている溝口健二像を確認するための作業であったようで、結局この映画によって、溝口監督の作品を含めた評価が固定化されてしまったのではないかという憶測もできる。
思えば、今年の溝口シンポは、そうした溝口評価の解体作業でもあったのである。