ミュージカル『RENT』

kenboutei2006-11-21

新宿の厚生年金会館で、ブロードウェイミュージカル『RENT』を観る。午後2時のマチネー。もちろん、会社は有給休暇。
今年になって、思いがけなく映画という形で『RENT』に再会して以降、自分なりに相当RENTheads化。
すでに映画は劇場で4回、DVDも購入後3回鑑賞し、iPodにはオリジナルキャストの2枚組CDのみをインストールして、ひと月前からはそればかり聞いている。時間と金さえあれば、ニューヨークまで行って生の舞台を観ようかとさえ思っているほどである。(どっちもないけどね。)
1997年に初めて接したネダーランド劇場での舞台も、今年の映画も、またほぼ日常的に聴いているCDも、自分が触れているのはオリジナル・キャストが中心であるので、まったくそれ以外のキャストで構成された『RENT』を観るのは、今日が初めて。
ツアーキャストとはいえ、本場の生のミュージカル(しかも『RENT』だ)を観るのは久しぶりということもあり、開演直前の期待度はかなり高かったのだが、時間が経つにつれ、だんだん熱が冷めて行ったというのが正直な感想。
最初のマークの登場から、何だか盛り上がらず、淡々と事が進んで行く。有名な曲では拍手と歓声が起こるが、それもまばら。稚拙な音響効果(歌の出だしにマイクが入っていなかったりする。)もあって、客席と舞台との一体感は、最後まで感じられなかった。
最後はスタンディング・オベーションとなったものの、バンド・メンバーのアンコールサービスでお茶を濁したという感じだった。
自分が9年前に観た舞台の記憶はほとんど忘れてしまっているが、あのネダーランド劇場の熱気はただならぬものがあった。何を話しているのかは全くわからなかったものの、出演者の情熱と観客の情熱がまさに一体となったパワーだけは、今も自分の中に感覚として残っている。
今回の舞台でもそれを期待していたわけだが、まあ、今回のツアー・キャストと、伝説となったオリジナル・キャストを比べるのは、酷というものだろう。こういうミュージカルでも、浅草歌舞伎で初役で古典に挑む若手役者を見守るような度量が必要なのかもしれない。
それでも、ジョナサン・ラーソンの作った名曲の数々は、この舞台でも充分堪能できる。初めて『RENT』を観る者なら、誰でもその音楽と歌い手の熱さに感動することだろう。
自分が良かったと感じたのはロジャー役。歌がしっかりとしている。堂々たる若者であり、オリジナル・ロジャーのヘタレ感が全くなかった。(あのヘタレ感も好きなのだが)
モリーンもスタイルがすっきりしていて良かったが、やはりオリジナルのあの破壊力には及ばない。(ああ、やはりオリジナルと比べているなあ。)
ミミ役はチャーミングではあったが、声が幼過ぎた。
コリンズは巨漢で動きに乏しい。
エンジェルが小柄かつマッチョ。「クィーン」と言われるには軽やかさ、エレガントさが足りない。
マークがいたって平凡。傍観者マークとしてはそれでいいのかもしれないが、彼の魅力こそがこのミュージカルの生命でもあるはず。
ジョアンヌは、映画に比べると目立たない。
「La Vie Boheme」でお尻を見せるのが3人もいたが、昔は一人だけだったような気がする。
もう一つ、いただけなかったのは、ステージ両脇に鎮座していた字幕の塔。上手の座席に座っていたので、役者が出演する場面が死角となり、特に、ミミがクラブで歌うシーンの前半は全く声だけしか堪能できなかった。さらにひどかったのは、その翻訳。わずか2行の電光掲示では、膨大な台詞とスピードをさばくのに限界があったのは仕方がないにせよ、訳を省略するだけならまだしも、かなり乱暴・粗雑な翻訳で、時として登場人物の心理状態を間違って伝えているようなところもあった。
例えば、後半、マークとロジャーが喧嘩別れする場面の歌、「Goodbye Love」のところで、ロジャーから「仕事に逃げている」と罵られた後のマークの台詞「Perhaps it's because I'm the one of us to survive」を、「僕だけ生き延びてやるんだ!」と訳していた。これでは、マークの人格を疑ってしまいます。(映画版ではこの場面はカットされたが、DVD特典映像に入っており、その訳は、「そうでもしなきゃ生きていけないだろ」だった。こっちの方がフィットしている。)
まあ訳についてもその他にしても、どうも今の若者にわかりやすい演出効果を狙ったフシがあるのだが、いかに『RENT』が若い世代に観てもらいたいミュージカルだとしても、本質を見失った演出は、安易な単純化にしか見えない。
そうした演出に関して、若い女性を中心とした観客の中で感じたのは、妙に舞台が明るい雰囲気であったこと。この『RENT』はそもそもエイズ、ドラック、ホームレス等の、アメリカの負の部分を正面から受け止めた作品である。もちろんパンフレットにもそのことは触れているのであるが、実際の舞台では、エイズにかかっているミミもロジャーもコリンズもエンジェルも、そんな自身の闇を感じさせるものはなく、ライフサポートでの「Will I」も、単なる美しい旋律に、観客は歓声を挙げただけだ。
何だかこれで良いのかという気分にもなった。
端的に言えば、『RENT』も観光客仕様のミュージカルになっていたということでもある。(ツアー・ミュージカルはそんなものかもしれないが。)