歌謡界の女王

kenboutei2006-06-17

先日のちあきなおみ特集に引き続き、NHK-BS「永遠の歌姫 美空ひばり」を観る。
何度も放送される、ひばり特集だが、今回は、紅白歌合戦で残されている映像を全て見せたのと、視聴者から入手したという、昭和56年の「昼のプレゼント」の正月特番生放送の映像がメイン。特に、後者の紹介に相当時間を割いていたが、いかに自局で制作した番組とはいえ、他人からもらった映像を、「お宝」と称して勿体ぶって紹介するのもどうかと思う。その映像と歌自体は素晴らしかったが。
印象に残ったのは、昭和40年代、ひばりが山口組との交流問題等でNHKに出なくなる直前数年間の紅白で、いずれもトリを勤めていたのだろうが、「柔」や「悲しい酒」「芸道一代」以降の曲は、どれもあまり馴染みのない歌ばかりだった。
ちょうど、グループサウンズをはじめとしたポップスが台頭した頃で、美空ひばりが時代の流行に翻弄され、苦悩しているのがわかるような歌ばかりであった。(紅白では歌っていないが、「真赤な太陽」なども、そうした停滞時代の一曲だ。)
なかでも、昭和44年紅白の「別れてもありがとう」が凄い。ブルー・コメッツの人(誰だっけ?)のテナー・サックスに合わせ、バブル時代のジュリアナ・ギャルも顔負けのファッションで、腰をくねらせている。曲調は、ベタのムード歌謡。だが、それをひばり調で歌いきるのはさすがであった。
この歌の三番目、「♫あなたが幸せ 見つけたら」のフレーズの「け」のところで、声が裏返るのと同時に、変な顔になって一瞬固まるのが、面白くて、そこだけ何度も見返してしまった。(多分、番組を観た人はみんなわかるはず。)
NHKと和解して再び出演した(結局はこれが最後となる)、昭和54年紅白で歌った「リンゴ追分」の迫力は、凄みすら感じた。
この時の紅白は、30回記念の特別出演ということで、ヒット曲メドレーという形だったが、最後の曲は「人生一路」。
この歌は自分も好きなのだが、スタジオ録音されたCDの曲を聞く分には全くつまらないのが、ライブで歌うとこれだけ聴く者の気分を高揚させてしまうのも、美空ひばりの力だろう。
「お宝」の映像で良かったのは、「ひばりの佐渡情話」。
この曲については、よくファルセットの良さが語られるが、今回思ったのは、例えば「♫佐渡の〜」の出だしの「さぁ〜どぉ〜お〜お〜おーのぉ〜お〜」のうねりである。この歌い方は、裏声がどうのという以前に、義太夫節の産字である。ここのフレーズに三味線がかぶさるので、余計にそれを感じた。そして、美空ひばりは、この産字の使い方が抜群にうまいと思った。(こぶしをうまく回しているのとも、少し違う。)
最後のフレーズの「♫恋はつらいと いうて泣いた」の後につけている、「ん〜」とのばす音遣いも、義太夫っぽい。
義太夫節と演歌は、元を辿れば同じなのかもしれないが(?)、あくまで「歌」である演歌に対して、「義太夫節」は「物語を語る」のが主。美空ひばりの演歌が、どこか物語を語っているように、日本人の心に訴えかけてくるのは、この義太夫節を思わせる産字の使い方をするからこそなのかもしれない。
そういえば、この「ひばりの佐渡情話」を作曲した船村徹が、先日観たちあきなおみの番組の中で、ちあきなおみは裏声が苦手とのことで、裏声を使わないで人に訴えかける手法として、演技的要素を取り入れた「紅とんぼ」を作ったと言っていたが、美空ひばりちあきなおみを比較する上で、象徴的な話だと思う。
先日、ちあきなおみを「女吉右衛門」と称したが、美空ひばりは、「女勘三郎」といったところかな。要するに、一瞬にして観客を魅了させる愛嬌というか、天才的な魅力と役者根性は、特に先代勘三郎と共通するものだと思う。野球選手で例えるなら、間違いなく長嶋茂雄である。(まあ、美空ひばり長嶋茂雄も戦後最大のスターであるので、共通するイメージがあるのは当然といえば当然だが。)
黙って歌を聴いているだけでも、色々なことに思いを巡らしてしまう、美空ひばりの特番だったが、一番好きな「車屋さん」が最後の方でようやくかかったので、思い残すことはない。(しかし、定番のように最後を「川の流れのように」で締めるのは、いい加減やめたらどうか。この曲はそれほど良い曲ではない。)
・・・5、6行で終えるつもりが、随分書き込んでしまった。(美空ひばりについては、まだまだ書き足りないのだが)