『人情紙風船』

kenboutei2006-01-18

年明けから、前進座に夢中になっている。翫右衛門の自伝を読みつつ、昔録画していた前進座のビデオを観て、その面白さ、凄さに驚嘆しているところである。
この後、先日古書店で手に入れた、長十郎の『勧進帳』も読んで、落ち着いたら一度「総括」してみようと思っている。(ちょっと前進座風表現かな。)
というわけで、今日は山中貞雄の『人情紙風船』のDVD。買った時は、前進座ではなく監督目当てだったのだが。
ネットでは、「暗い」という感想が多いようだが、歌舞伎の『髪結新三』を知っている立場で、今回改めて観直してみると、暗いのは、脇筋として加えられた浪人夫婦の部分だけであり、映画的な味付けはされているものの、新三がお駒を誘拐し、弥太五郎源七をやり込め、大家にやり込められるという大筋は踏襲されており、また、長屋連中の生き生きとした描写などは、むしろ強い生命力さえ感じられ、決して暗いイメージではない。
まあ、歌舞伎でお馴染みの、「鰹は半分もらったよ」はないし、新三の粋な台詞もないため、歌舞伎のように痛快な印象を与えるものではないが、実は、元々の「髪結新三」(というか、『梅雨小袖昔八丈』)も、単に大家と新三のコメディのようなやり取りが主眼ではなく、背景にあるのは、源七親分と新三との世代間の対立だったりするのである・・・ということは、まさしく数年前に前進座国立劇場で出したこの芝居についての、渡辺保の劇評からの受け売り。
そして映画では、翫右衛門演じる新三は、源七の縄張りで無断で賭場を開き、一度警告されたにも関わらず、その日のうちにまた平然と賭場を開く。更に、お駒を誘拐し、源七が持ってきた金を突き返して要求したことは、源七が頭を丸めて謝罪するというものだった。
映画における新三の動機は、金ではなく、源七という一つの権力に対する抵抗であったことは間違いなく、山中貞雄が書き直したという脚本も、まずはそこに主眼があったものと思われる。
そう考えると、この映画は、歌舞伎から離れて自由に創った感のある『河内山宗俊』とは異なり、案外歌舞伎に忠実で、それどころか、今の大歌舞伎以上に、黙阿弥が書かんとしたことを、正しく表現しているとも言えるのかもしれない。
これに対して、長十郎演じる浪人の方は、どうしても、付け足し感を否めない。浪人夫婦の悲哀は充分伝わったが、別の展開をしてくれても良かった。しかし、長十郎はさすがにうまい。
映像的には、江戸の街の再現が実に素晴らしい。DVDは、画像も綺麗で、今の時代に撮った白黒映画と遜色ない。
雨の中、仕官の道を断たれて佇む、長十郎の姿がせつない。
ヒロインがあまり目立たないのは、歌舞伎もそうなのだから、文句を言うのは筋違い。
それにしても、このDVD、特典映像が全くないのは我慢するとして、配役すらまともにないのは片手落ちもいいところ。佐藤忠男の解説も、黙阿弥の芝居の方は観ていない(か、わかっていない)ことが歴然としており、お粗末。
もっと真面目にやれ、東宝。(まあ、画像がまずくて特典だけが豊富なのよりは、よっぽど良いが)

人情紙風船
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