『元禄忠臣蔵』(前後編)

松竹110周年記念イベントの一つ。シネスイッチ銀座忠臣蔵で、監督が溝口健二とあれば、めまいがあろうと行かねばなるまい。
真山青果の、歌舞伎でもお馴染みの原作を忠実に映画化したとのことで、前編冒頭は、いきなり殿中の刃傷で始まり、後編では討入りのシーンがない。「御浜御殿」「南部坂雪の別れ」「大石最後の一日」など、歌舞伎の舞台で観たことのある話が展開される。そういう意味では、前編より後編の方が、歌舞伎ファンとしては馴染みがあった。
溝口独特の長廻し。殿中松の廊下や御浜御殿能舞台の荘厳さ。これを戦時中(真珠湾攻撃の年だ)に撮っているのだが、日本映画もまだ、これだけ贅沢な場面をとれる余裕があったのだなあ、と変なところに感心してしまった。
内匠頭が刃傷の後、屏風を四方に立てた中に幽閉されている場面の構図や、討入りが行われたことを、「南部坂」の後、瑶泉院の元に来た手紙で知るという演出などが新鮮で面白かった。
一番良かったのは、「大石最後の一日」でのおみの役、高峰三枝子。小姓姿の端正な美しさと、磯貝十郎左衛門が琴の爪を持っていると知った時に思わず漏らす笑みの、何とも言えない可憐さなどは、やはり映画女優でなければ表せないものだった。
内蔵助の河原崎長十郎がとても良い。舞台の「元禄忠臣蔵」は青果の台詞を朗々と謳い上げていくのだが、溝口の演出は、できるだけ淡々とした台詞廻しで、それを長廻しの緊張感の中で行わせることで、緊迫した対話劇としていた。長十郎は、その演出に見事に応え、素晴らしい内蔵助像を作り上げていたと思う。
富森助右衛門中村翫右衛門、磯貝の河原崎国太郎と、当時の前進座の実力者の演技がどれも素晴らしい。
これだけ優れた映画で、上映される機会も少ないのだから、さぞ多くの映画ファンが集まるのだろうと、早めに映画館に行ったのだが、拍子抜けする程の観客数であった。完全入れ替え制で、前編・後編であろうと一回は一回ということで、一度出てからまた並ぶというやり方に、年寄りの観客の何人かは戸惑っていた。